勇者ギリアム
「わかって頂けますかヴェガドさま」
ミューゼア嬢がヴェガドを見上げて言う。
「私は今、この方と一緒に自分たちの破滅を回避する為だけで精一杯。世界の破滅がどうとか、そんなことにまで気を遣っていられないのです」
「そうか……そうであるな。どうやらまだ、そのときではないらしい」
ヴェガドは頷き、今度は俺の方を見た。
いやこっちを見られても? それこそ俺は、世界の破滅とかわからん話だぞ? 理解が及んでいない、チンプンカンプンだ。
「今は貴様がこの方の騎士であるのだな」
奴の声が響いた。
よかったちょっとホッとした。世界が云々の話を振られなくて良かったぜ。ややこしい話は苦手なんだ。
「騎士というか……まあ、彼女を大事にしたいとは思っている」
「ふむ……。貴様は強かった。我とあそこまで渡り合った人間は初めてだ」
あ、思い出した。俺はこいつを倒しにきたんだっけ。
「そうだよ。おまえがミューゼア嬢に負けたのはいいけどさ、俺との決着はどうなるんだ。面倒だったけど、おまえの為に必殺技まで用意してきたのに」
「我はもう貴様とは戦わぬ」
「はあぁぁぁあ?」
なに言ってくれてんだこいつ。
「巫女の騎士と戦えるはずがないではないか」
ふざけたこと言ってやがる。無理やり戦ってやろうか。
「目を細めて殺気立てても無駄だ。貴様は貴様の役目を果たせ」
「ぐぬぬぬぬ!」
役目、つまり今はミューゼア嬢のことを考えろということか。
彼女のことを優先し、彼女のために動く。
その為には、彼女のなにかを知っているらしいコイツを、いま倒してしまうのは良くない……気もする。ぐぬぬ。
「はあぁぁあ……」
俺は大きく溜め息をついた。
まあいいか。当初の目的はどうやら成った。こいつはたぶん、この地から離れるつもりだろう。さっきからの話の流れで、それくらいは俺にもわかる。
「わかったよ。で、おまえ、いつここから出てってくれんだ?」
「今にも去ろう。だがそのまえに……巫女の騎士よ、手を出せ」
手を伸ばすと、奴は手の平大の竜鱗を一枚、俺に渡してきた。
なにこれと問うと、答える。
「これがあれば貴様の呼び声はいつでも我に届く。ペンダントにでも加工して、身につけておくがいい。我の力が必要なときは使うのだ」
「別におまえの力なんか……」
「そう言うでない。我なりの敬意だ、強き人間よ。貴様は確かに強者であった」
「……ふん」
――まあ? 見事な竜鱗ではあるし? 加工したならとても綺麗そうだし?
貰ってやらなくもないんだからね!?
「似合うと思いますよ、ギリアムさま」
「そ、そう?」
「勇者としての証です。鋼黒竜ヴェガドとしっかり渡り合ってしまうなんて、ただの人間だなんて言えませんもの。ギリアムさまのそれは、勇者と書いて原作ブレイカーと読む物ですが」
勇者、勇者か。ミューゼア嬢に笑顔でそう言われると、どうにもこそばゆい。
いやそんな大層なものではないですよ。キリッ。
「ふふ、それでよい。貴様の名、ギリアムという音を我は忘れぬ。巫女よ、そなたの意志もまた、いずれこの世界の命運を握ることだろう」
鋼黒竜ヴェガドが、低く響く声で告げた。
その赤い瞳が、俺とミューゼア嬢を交互に見つめる。まるで俺たちの魂になにかを刻み込むかのような視線。ドラゴンの表情なんかわからないはずなのに、何故か俺には奴が優しく笑ってるような気がした。
広場の空気が一瞬静まり、ヴェガドの巨体がゆっくりと動き出す。
ゴウッ! その巨大な翼が広げられ、広場を覆うほどの影が生まれた。
風が巻き起こり、焼け焦げた草と土が渦を巻いて舞い上がる。
戦いで荒れ果てた広場が、まるで俺たちの激闘の記憶を刻む碑のようだった。その荒々しい景色の中で、ヴェガドの鱗が陽光を捉え、黒い星のように一瞬輝いた。
「さらばだ、巫女とその騎士よ! 世界に破滅が迫る時、我は再びそなたらの前に現れよう!」
咆哮が森を震わせ、広場の瘴気がまるで奴の意志に応えるように揺らぎ始めた。
バサァッ! 一打ちの羽ばたきで、奴の巨体が地を離れ、空へと舞い上がる。衝撃波が広場を駆け抜けた。ミューゼア嬢の金髪と俺のマントを激しく揺らす。
上空で、ヴェガドは大きく弧を描くように旋回した。
その瞬間、まるで奴の存在が瘴気を引き裂いたかのように、周囲の重い気配が霧散する。
「あ……」
声が漏れる。
春の陽光が広場に降り注いでいたことに、そのとき俺は気がついた。
焼け焦げた地面に光が反射しキラキラと。
瘴気が霧散した森の木も、葉に陽光を照らして光っている。
綺麗だった。
「ギリアムさま、あの光……」
「はい?」
ミューゼア嬢が目を細めてそれらを指さす。俺もまた、その眩しさに目を細めた。
「まるで、私たち未来を照らしてるみたいですね」
――ああ。
なるほどこの気持ちは、そう表現すればいいのか。
確かにキラキラと光を反射させた森の木々が、ライゼル領の新たな始まりを祝福するかのようだった。そうか、今日が始まりか。
巨大な黒竜が去った空はどこまでも青く、雲一つない清らかさに満ちていた。
奴は遥か彼方に小さくなり、やがて俺たちの視界から消えていく。
だがその最後の咆哮が、俺の中に響き続けていた。――「再び会おう」という約束と共に。
ははん。そのときは見てろヴェガド、今より強くなった俺の姿で驚愕させてやる。
俺は大剣を鞘に納めたのだった。
――――。
こうして俺たちは、大黒魔石の脅威を排除した。
ライゼル領からはこの先魔物が減っていくだろう。
町を発展させるための第一歩を、踏み出すことができたのだ。
「これから忙しくなりますよ、ギリアムさま」
「そうだな。まずは魔物の残党狩り、自然に減るのを待ってたら時間掛かるしな」
「街道整備の予定も立てましょう。人足を集めないとなりません」
「はは。金も掛かる。大変だ、だけど――」
明日への希望に満ちている。
俺たちは足取りも軽く、町へと戻っていったのだった。




