手を握る
鋼黒竜ヴェガド。
奴が俺たちに語ったところによると、ミューゼア嬢はこの世界を破滅から救える可能性を持つ唯一の存在らしい。創造神カーという者がそう奴に告げたのだという。
「創造神カー、ですか……」
それを聞いたミューゼア嬢は、大いに眉をひそめていた。
彼女のあんな顔は初めて見た。目をジトっと細めて唇を突き出して眉間にしわを寄せての、思案顔。いや。……というよりも、あれは、あからさまな疑いのまなざし。
「ギリアムさま。カーという存在を聞いたことあります?」
「いえ……、俺は無学ながら存じません」
「そうですか。私もです」
と返事をしたまま、あからさまに訝しんだ目でヴェガドを見ているのだ。怖い。
「ヴェガドさま。先にも申しましたように、私はこの世界のことをだいたい知っております。ですが創造神カーという名には記憶がないのです。故にその話をにわかに信じることはできません」
「むぅ……」
「どういう存在なのですか、そのカーという方は」
訊ねる彼女に、ヴェガドは大きな頭を振ってみせた。
「わからぬ」
「わから……ない? それはいったい」
納得できないという顔のミューゼア嬢。それはそうだ、俺だってさすがに納得できないぞそんな答え。ワーワー責任者を出せー、とでも茶化したくなる気持ちをグッと抑え、続くであろうヴェガドの言葉を待った。
「声が、聞こえた」
奴は言った。
創造神カーという奴の言葉が、頭の中に降ってきたのだという。
「曰く、この地で巫女を待て。曰く、その巫女を守れ。それがこの世界を破滅から救う術だ、と」
「なんだそりゃ。言葉だけで20年以上もこの地に居たのか?」
「貴様にはわからぬだろう。いや、我にもわからぬ。……だがあの声は、我の中に深く刻まれた。それが我の存在意義、そのための我だと確信するほどに」
抗えない力が、その声にはあったという。
疑うことすらありえない強制力をその声は持っていて、ヴェガドはこの地に来た。
「なので巫女よ、我に御身を守らせよ。それが我が役目」
「ダメです」
キッパリと彼女がいった。ハヤ! 断るのハヤ!
一瞬俺はヴェガドに同情しそうになったが。
「ヴェガドさまがここにおられると、魔物が減らずに私の身も危なくなるのです」
ああそうだっけ、こいつ大黒魔石を食べて、絶賛魔物を呼びよせる身体になってるのだった。どういうことであるか、と食い下がるヴェガドは大黒魔石のことを知らないのだろう。
ミューゼア嬢は大黒魔石の効能と今のヴェガドの身体のことを告げると、もう一度、奴の申し出を拒絶した。
「あなたがここにいる限り、この土地に未来はないのです」
「ぬぬぅ……」
ばっさり切った。
ある意味で男らしいなミューゼア嬢、有無を言わさぬ迫力がある。ヴェガドの奴もタジタジだ。
「それに」
と不意に彼女は俺を見た。
「私は、ここにいるギリアムさまの中に可能性を見出しています。そのギリアムさまが、私のことを守ると言ってくださってる。私には、それだけで十分なのです」
え、なに突然。うん、守るよ? もちろん守る気は満々だけど、急にそんな自信満々な顔でこっちを見られると、少々テレちゃうぞ。
「いや。はは、うん。……そうですね、俺はミューゼア嬢をお守りしますよ」
「はい、よろしくお願いします」
自然に、ごく自然に俺は笑い、彼女が差し出してきた右手を握り返した。
で、びっくりした。あれ!? 俺が難なく女性の手を握ってる!?
いやいや、この俺だぞ? なんでこんな自然なまま彼女の前に立ってられるんだ?
思わず自分で驚いていると、ミューゼア嬢が突然笑った。
「ふふ。やっと手を繋ぐことができました」
「え?」
「ギリアムさま、すぐ逃げちゃいますから」
「あああ、申し訳ありません!」
「いいんですよ、ゆっくり慣れていって頂ければ。私も最初はご無礼してしまいましたし」
ピリッ、と手の皮が軽くツる痛み。
ああそうだ、先ほど彼女に回復魔法を掛けて貰ったばかりだっけ。
あのときこの方は、危ない戦場だとわかっていて俺のために飛び出してきたんだ。
運命共同体、――彼女は自分のことを、そう言った。
俺と運命を共にする者だと。
そうだよな、そうだ。運命を共にしてくれると言ってくれる人を、いつまでも怖がっているなんてありえないことだよな。
なんとなく、俺が彼女の手を握れている理由がわかってきた気がする。そうか、俺はこの人を信頼してきているんだ。ポーズでなく義務でなく、心の底から。
「わかって頂けますかヴェガドさま」
ミューゼア嬢がヴェガドを見上げて言う。
「私は今、この方と一緒に自分たちの破滅を回避する為だけで精一杯。世界の破滅がどうとか、そんなことにまで気を遣っていられないのです」
明日からは1話更新になりますー。




