公爵令嬢ミューゼア
「なんでそんな大物が、ウチみたいな貧乏男爵家に?」
俺は目を丸くした。
格が違いすぎる。向こうの名に傷がつくだけだろ。
「聞き及ぶところによりますと、王都で揉め事があったとか。セルベール家が不利な立場に追い込まれたようです。ご令嬢を遠方に嫁がせることで影響力を下げるつもりかと」
「なるほど権力争いか。巻き込むなよ……」
中央のドロドロは、こんな辺境で四苦八苦してる俺には縁遠い話なはずだったのに。
――だが。
俺は少し考えて口を開く。
「セバス……、ウチはセルベール公爵家に助けられたことがあったよな」
「はい、ギリアムさまがまだ幼いころ。だいぶ昔になりますか、魔族との戦いにおいて資金や武具などを」
「公爵家の支援がなければ、今ごろ我が領地は存続しておるまい」
もう10年以上昔の話だ。
まだ存命だった父について交渉の場に俺も赴いた。
もっとも当時の俺は、遊び気分でついていっただけのクソガキだったんだけどな。
「借りは、返さねばなるまいな」
「はい、ギリアムさま」
「ん。ということは、もしかして縁談の相手ってのは」
「公爵家ご令嬢、ミューゼアさまにございます」
ひえっ、やっぱりそうなるか!
彼女は俺が女性を苦手になる切っ掛け。
片時たりとも忘れたことはない、父について交渉に赴いたあの日のことを。
――あの女の子の『予言』が、今でも耳にこびりついて離れない。
「や、やっぱり断れないかな!?」
セバスは無言で笑顔を向けるだけで沈黙した。
そうだよな、そうだ。わかってる、ここで俺がヘタレたら中央の不興を買ってしまうに違いない。それはきっと、領民たちのためにもならないだろう。
「くそ。俺も男だ、覚悟を決めたぞ」
「公爵家の支援を受け魔族王と戦ったときに比べたら、さしたる覚悟は必要なかろうかと」
いや、あの戦いのときより間違いなく怖い。
怖いけど、俺は領主だ。頑張るしかない。
「我が領地は貧しい。領主自ら領民の畑仕事を手伝うくらいにな。だがせめて精一杯のもてなしで、ミューゼア嬢をお迎えしよう」
◇◆◇◆
セルベール公爵家令嬢ミューゼアが領地に着く日がわかった。
我が町までは魔物が出る危険な森を通る必要があるので、その日、俺は森の前で出迎えることを使者に告げる。
当日は良い天気だった。空を見上げるとぽっかりと白い雲。
長閑な春の日の午後だ。周囲は見渡すばかりの荒れ地で土埃の匂いが鼻につくが、春の空はどこで見ても癒しの気持ちを与えてくれる。
ミューゼア嬢を、うまくもてなせるかな?
空を見上げながら振り返る、この日のためにやってきた色々なことを。
領民が祝いにくれた野菜や肉を、ご馳走に仕立て上げた。
お人形さんに向かいながら、女性との会話の練習もした。
鏡に向かって笑顔の練習もしたぞ、おっと髪の毛は整っているだろうか。
うん、用意は万端……だよな?
都から追放され、きっと暗い気持ちでこの地へと赴いているだろうミューゼア嬢にとって、俺とかこの土地が明るい材料になれると良いんだけど。
「うん。頑張らなくちゃな」
両頬を軽く叩いて気合いを入れてると、しばらくしてボロ街道沿いに馬車の姿が見えてきた。
おお。きっとあれだ。待っていると、俺の前で馬車が止まる。
俺は練習した作り笑顔を浮かべながら出迎えた。
「ようこそ我が領、ライゼルに起こしくださいました。私が領主のギリアム・グインです」
「……初めましてギリアムさま。ミューゼア・セルベールです」
ゆっくりと馬車から降り立ったのは、大きなカバンを持った一人の女性だった。確か、十七歳だったか。
緑の瞳に、春の陽光をきらきらと反射する柔らかそうな金色の髪。
白と水色のドレスが、上品で清楚な雰囲気を醸し出している。
「これはこれは、遠いところをお疲れでしょう。ここから森を抜けるまで私が護衛させて頂きます。少し危険な森でして」
「は、はい。ありがとう……ございます」
あれ? なんだろう、ミューゼア嬢が俺と目を合わせようとしない。俯き加減でビクビクしているような。
正直俺も目を逸らし気味で内心はビクビクなので、ある意味で噛み合ってると言えば噛み合ってるのだが。
とはいえ彼女の態度が気になるので、俺は女性から距離を取りたい気持ちを抑えて一歩前に出てみた。
「ミューゼア嬢?」
「ひっ!?」
すると彼女は引きつった笑顔と共に一歩引いた。
「ひえっ!?」
俺もそれに驚き一歩引いてしまう。
そのままお互いが固まった。
あれれ? 女性恐怖症の俺はともかく、ミューゼア嬢も俺に怯えている?
これは想定外。というか昔と少し印象が違うな。
以前はもっとハキハキと自分の考えを述べる方だった気がするのだが……。




