縁談が来た
初日は時間を分けて6話投稿する予定です。
「よし倒したぞー、みんなもう大丈夫だー」
離れてこちらの様子を伺っていた領民たちに向かって、大きく手を振った。足元の畑には、手にしたクワで頭を落とした大きなドラゴンの死体が横たわってる。
「さすがギリアムさま、あっという間じゃん!」
「この時期はいつもに増して魔物が増えますからなぁ、領主さまが畑仕事を手伝いながら倒してくださるお陰でわしらも安心できます」
「ギリアムさま、ばんざーい」
口々に俺を称えてくれる皆だが、正直ちょっとこそばゆい。
ドラゴンなんか、このライゼル領では数いる魔物の一匹に過ぎないのだから、このくらいサクッと狩れて当然だもんな。
などと苦笑しつつタオルで額の汗を拭いていると、我が家の執事が仏頂面で近づいてきた。
「ギリアムさま、またお一人で無茶をなさいましたな?」
「え、セバスがそれ言う?」
「ご自分の立場をお考えください。もし御身になにかあらば、ライゼル領は一気に立ち行かなくなってしまうのですから」
「わかったよごめんて。ところでドラゴンの後始末はセバスに任せていい?」
「かしこまりました」
言うと彼は巨体の尻尾を引きずって、一人で畑の外に引っ張り出した。
彼はセバス。長年我がライゼル領に支え続けてくれている老執事だ。
かれこれ60歳になろうという彼の肉体は、服の上からでもわかる筋肉に覆われている。
ムキムキだ。俺の細マッチョ程度とは比べ物にならない。いったいどんな訓練をしたらあんなに筋肉がつくんだ、ちょっと羨ましい。
「まったくギリアムさまは規格外な自覚がなくて困ります」
「え、セバス、自分のこと言ってる? パンパンの燕尾服が悲鳴上げてるんだけど」
「違います、あなたのことです。単独でドラゴンを倒す領主など聞いたことありません!」
「倒したくて倒したわけじゃない。この種蒔きの季節に畑を荒らされたら、領民が飢えるだろ?」
セバスが呆れたように肩を竦める。いつも心配してくれるのはありがたいが、畑を荒らしに来るドラゴンが悪いんだ。
――このライゼル領は、魔族の領域と隣り合っている上に魔物が跋扈する危険な土地だった。貴族連中の間では『不毛の大地』と呼ばれており、とにかく生きていくのに大変な土地として忌み名を轟かせている。
「お疲れっす、ギリアムさま! お水どうぞー!」
「ありが――」
明るい声に振り向くと、キラキラした笑顔の若い女の子が、コップに注いだ水を差し出してくる。――待て、若い女の子!? しかもめっちゃ近い。
「ひえええっ!?」
俺はまるでドラゴンの火炎ブレスを避けるかの如く、三歩どころか五歩後ろに跳び退いた。心臓がバクバク、脂汗がダラダラ。だって女の子の笑顔は俺にとって、ドラゴンの牙より100倍怖いのだから。
女の子はそんな俺を見て、まるでいつもの光景とばかりに肩をすくめると、ニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「セバスさーん、今日もギリアムさま完全敗北でーす! 記録更新、0秒で逃亡!」
「ふむ、ご苦労さまです。ギリアムさまが女性を苦手なのは、もはやライゼル領の名物になりつつありますな」
セバスが「またか」とでも言うように、チラリ俺を睨む。
ああ、セバス。そのガッカリ顔、俺の心にグサグサ刺さるのだが。
いや、わかってる。俺、ギリアム・グイン、18歳、ライゼルの領主でありながら、女性を前にすると膝がガクガク、声が裏返るどうしようもないヤツなんだ。ドラゴンならクワで一撃なのに、女の子の笑顔には即死級のクリティカルヒット喰らってしまう。
「い、いや、違うんだ! ありがとう、めっちゃありがと! 喉カラカラだったから、マジ助かるよ! 飲む、飲むよ、ガブガブ飲むから!」
必死に取り繕う俺。うん、これは本心! 水、超欲しい! でも、女の子が、
「へー、そうですか? じゃ、はい、どうぞー!」
と、ニコニコしながら一歩近づいてくる。
うおお、待ってくれその無垢な笑顔が俺のHPをゴリゴリ削ってくる。
俺は反射的に一歩、いや二歩後ずさり。コップを受け取る手が、まるで魔物の森で鋼黒竜と対峙するみたいに震える。
ゴクゴクッ!
一気に水を飲み干した。喉の渇き? 癒えた? いや正直、俺の意識は「女の子が近い!」ってパニックで真っ白だ。味? 知らない。多分、水だった。
「ふぅー……いやー、生き返ったよ、ははは」
なんとか誤魔化そうと笑ってみるけど、セバスが深いため息をつく。
「ふう、こんな状態では先が思いやられます。縁談だって来ているのに」
「縁談? おお、めでたいなセバス。幸せになってくれ式は盛大にいこうじゃないか」
なんだよ急に、そんな良い話を。
俺が幼い頃からずっと家に仕えていてくれた老執事に、俺は祝いの言葉を投げた。これまで色々と世話になっている彼だ、そんなセバスが、ついに結婚と。
ホロリと涙が流れてしまう。
するとセバスは頬を緩ませながら返した。
「私ではなく、ギリアムさまにですよ」
「ギリアムって……あ、俺?」
「はい、あなた様にです」
なにを言ってるのかわからない。
えんだん、エンダン……?
「えええ、縁談! 俺に!? てか、この土地に嫁ぐってのか!?」
「ギリアムさまも十八歳になられました。縁談が来ても不思議ではありますまい」
「いや、待てよ!」
このライゼル領に嫁ぐメリットなんかなにもないだろうに。なにせ『不毛の大地』だよ!?
「第一、俺が女性苦手なのはセバスだって百も承知だろ? 丁重にお断りしてくれよ!」
年頃の娘を前にすると、脂汗が止まらない。ドラゴンよりよっぽど怖い。
「それは致しかねます」
「なぜだ」
「相手がセルベール公爵家だからです」
「は!?」
思わずクワを落としそうになった。
「セルベールって、『あの』セルベール家か?」
「はい、『あの』でございます」
セルベール公爵家――国の権力中枢に君臨する名家。
社交界で恐れられ、教会にまで影響を及ぼす。「セルベールと書いて権力と読む」と言われるほどの存在だ。
「なんでそんな大物が、ウチみたいな貧乏男爵家に?」
この後、10時10分、12時10分、16時10分、20.時10分、22時10分に、それぞれ投稿します。
お気に召したら追いかけて頂けますと幸いです。




