鋼黒竜ヴェガド
「鋼黒竜ヴェガド。ライゼル領主ギリアムが、貴様とケリをつけにきた。近くにいるんだろ? さっさと姿を見せろ」
声が森に響き渡ると、一瞬、全てが息を潜めた。
鳥のさえずりが消え、風さえ止まる。次の瞬間――。
ゴオオオオオッ!
天地を裂く咆哮が森を震わせ、鳥や魔物が一斉に空へ飛び立った。広場の草が逆立つほどの風が吹き荒れ、俺のマントがバサリと翻る。
遠い。まだ遠い。だが、来る。
ズシン。ズシン。地面が低く唸り、土が震える。まるで大地そのものが脈打つような振動。バキバキと木々が砕け、枝が折れる音が近づく。奴だ。20メートルを超える鋼黒竜ヴェガドが、森の闇を押し潰しながら突き進んでくる。
この広場は、奴がいま寝床とする場所。
それは冒険者ギルドの調査でわかっていた。だからこそ、俺はわざと草を踏み潰し、土を蹴り上げて挑発する。さあ、来い。巨体を揺らし、森の影から飛び出してこい!
バキッ! ズシンズシン! 音が大きくなり、気配が濃くなる。近い。すぐそこだ。
俺は背負っていた両手剣を抜き、片手で握りしめる。刃が陽光を跳ね返し、鋭い光を放つ。半身に構え、息を整えた――その瞬間。
「ギリアムさま、上です!」
ミューゼア嬢の叫び声が響いた。
同時に、頭上を覆う巨大な影。空が、暗くなる。
「ゴアアアァァァ!」
雷鳴のような咆哮と共に、鋼黒竜ヴェガドの巨体が天から降ってきた。
鉱石の鱗が陽光を砕き、まるで黒い星が墜ちるかのようだ。後ろ足の爪が、巨大な鎌のように俺を切り裂こうと振り下ろされる。同時に、広場を潰すほどの質量が地面に叩きつけられた。
「なんの」
俺は剣の腹で爪を弾き、間一髪で巨体の下を滑り抜けた。
ズドン! ヴェガドの着地が広場を揺らし、土と草が爆発したように舞い上がる。衝撃波が木々を揺らし、ミューゼアの隠れる木陰まで波及する。
「上から飛び込んでくるとは、意表をついてくるじゃないか」
ジャンプからの急降下――これまでの二戦では見せなかった動きだ。
三戦目ともなると、奴も奇襲なんて小技を使ってくるんだな。
俺は剣を握り直し、ヴェガドの巨体を見上げる。
鉱石のように黒く輝く鱗、燃えるような赤い目、口から漏れる瘴気の煙。こいつはただの竜じゃない。まるで動く要塞だ。
「ギリアムさま、気をつけて! ヴェガドの初撃は『鉱鱗爪撃』! 直撃したら即死級の威力です!」
お? ミューゼア嬢、良くわかってるなぁ。予知(?)って凄い。
そうなのだ、あいつはいつも最初に前足を大きく振り上げて爪を繰り出す。まるでこちらの様子を見るように。
様子見で即死級、それが鋼黒竜ヴェガドの攻撃なのだ。
「まあ……避ければよいだけなんだけど」
「普通はそんな簡単に避けられないんです!」
ささっと避けてみると、途端にミューゼア嬢の声が木陰から飛んでくる。なんだか余裕ありそうに見えるのは気のせいか?
「きゃあぁぁっ!」
あ、奴が爪を繰り出した衝撃波で転がった。うん、余裕なんかなかった。
「そらそうか」
俺は視線を彼女からヴェガドに戻して地面を蹴った。
奴が咆哮を上げ、巨大な尾を振り回す。尾の一撃が広場の地面を抉り、土の塊が弾丸の如く飛び散る。俺はそれを跳び越え、ヴェガドの懐に飛び込む。
「あらよっと」
剣を振り上げ、鱗の隙間を狙う。ガキン! 火花が散り、剣が弾かれた。やっぱり硬い。だが俺の狙いは斬ることじゃない、与えるのは衝撃だ。
「大地を揺るがす一撃!」
大剣を振り抜く瞬間、全身の力を一点に集中。
剣身から放たれた衝撃波が、ヴェガドの側面に炸裂する。ドオォン、と鈍い音が鳴り響いた。鱗の表面は無傷でも、これは内部に響く。奴が低いうめき声を上げた。よし、効いてる。
「ゴアアァァ!」
怒りの咆哮だ。ヴェガドの声が広場を震わせる。前足を振り上げ、俺を叩き潰そうと振り下ろしてきた。ズドン! 地面が割れ、衝撃で俺の身体が浮く。だが、俺は空中で体を捻り、剣を構え直す。
「まだまだ、これからが本番だ。ケリを付けに来たと言ったろ、ヴェガド」
奴の赤い目が俺を睨みつける。瘴気が渦を巻き、広場全体が戦場と化す。ミューゼア嬢の叫び声が遠く聞こえる中、俺は大剣を握りしめ、巨竜との真っ向勝負に挑むのだった。




