森の奥へ
ドラゴン退治なんか日常茶飯事な俺だけど、それはあくまで若い竜を相手の話。
鋼黒竜ヴェガドのような、古竜を倒すとなると、さすがに話が違ってくる。
これまで奴とは二回ほど対峙したことがある。
そのどちらもが、町の冒険者が奴のテリトリーを冒して奴の気分を害したことが原因だ。鋼黒竜ヴェガドは、怒ると町へとやってきてしばらく荒そうとする。
興味深いことに、奴はむやみに人を殺したりはしない。
ただただ暴れて、己の存在を示した後に森へと帰っていく。まるで、テリトリーを荒らされたのと同じだけ、こちらの領土を荒そうとするかのようだ。
いくら人を殺さないとはいっても、家屋や畑を荒らして回られたら復興が大変なので、町から追い出すために俺は剣を振った。
勝てなかったのは、奴の鱗が硬すぎたせいだ。
剣の刃が、まったく通らない。俺の剣では奴に致命傷を与えることができなかったのだ。
――少なくとも、前回までは。
「前回まで……? ではギリアムさま、今回はなにか違うというのですか?」
「先日お見せした必殺技、大地を揺るがす一撃は、まさに鋼黒竜ヴェガドと戦うために編み出した技なのですよ」
剣が通らないなら殴りつける一撃を重くして、内部へ直接衝撃を与えればいい。あの技は、そういった思考の先にある技なのだ。衝撃を浸透させて内部で爆発させる、それが大地を揺るがす一撃。
「確かにあの必殺技は『斬』属性武器で扱える『打』属性技だった気が。そして鋼黒竜ヴェガドの弱点属性は『打』です」
「属……せ? え、なんですそれ?」
「いえいえそれでも、相手は戦うタイミングによっては魔族王ガリアードレをも上回る強さとなる鋼黒竜ヴェガド。今からでも引き返しましょう」
「どうせいつかは追い払おうと思っていた敵です、遅かれ早かれですよ」
「そんなぁ……」
いま俺たちは、魔物の森を奥へと歩いている。
本当は鋼黒竜ヴェガドの討伐にミューゼア嬢を連れてくる気はなかった。
危ないからね。こっそり一人で出向いて、さらっとケリをつけるつもりだった。
だけど今朝、誰にも告げず朝早くに屋敷を出たにも関わらず、彼女はひと足先に森の入口へと赴いて俺のことを待っていたのだった。
『ギリアムさまが、なにかあるとひと足先に一人で屋敷を出ていってしまうのは、ゲームで知ってましたから』
うーん。予知夢(?)の力があるとはいえ、変なとこで俺のことに詳しい。
最近ミューゼア嬢に対しては少し慣れてきてたつもりだったけど、やっぱりちょっと怖いかも。もしかして俺、女性恐怖症というよりはミューゼア嬢恐怖症だったのではなかろうか。
「お怖いのでしたら、ミューゼア嬢はお帰り頂いてよろしいのですよ?」
「またそんな意地悪をお言いになって……。私はギリアムさまと運命共同体のつもりです、あなたのなさることは全て見届ていきますよ」
頬を膨らませる。
この地にやってきた初日に比べると、最近は表情が豊かになってきた。悪くない傾向だと思う。
「それに……」
「ん?」
「イザというとき、ギリアムさまをお守りできるとするなら、私だけだと思いますから」
「それは頼もしい」
俺は素直な気持ちで応えた。
彼女が真剣な顔で言うのだ、きっとそうなのだろう。そのときは全て彼女に任せるとするか。
「少しでしたら回復魔法も使えますし!」
「あははは。そのときはよろしくお願いしますよ」
そこからしばらくして、大きな広場に出た。
森の中にぽっかりと開いた、陽の当たる場所だ。光を浴びて、膝まで草が伸びている。
だが、そんな長閑そうな景色とは裏腹に、広場の空気は重く澱んでいた。
陽光の下で草がそよぐ中、影が不自然に濃い。まるで闇そのものが地面から滲み出し、俺たちの周囲を締め付けるようだ。
鼻をつく瘴気の匂い――魔物の気配が、目に見えない刃となって空気を切り裂いていた。
「ミューゼア嬢、広場から下がってください。絶対に出てこないでくださいね」
「は、はい……!」
さすがに彼女の声も震えていた。この圧迫感、ミューゼア嬢にも伝わっているのだろう。彼女が木陰に身を隠すのを確認し、俺は広場の中心に踏み出した。
背筋を走る冷たい予感。
森の奥、暗い木々の隙間から、鋭い視線が俺を射抜く。当然それは、ミューゼアのものじゃない。奴だ。
「鋼黒竜ヴェガド。ライゼル領主ギリアムが、貴様とケリをつけにきた。近くにいるんだろ? さっさと姿を見せろ」
俺は声を上げた。




