森の主
それから俺たちは毎日の調べものをしながら、女性恐怖症の克服チャレンジをするようになった。二人で隣同士の椅子に座ったり、一冊の資料を二人で開いて読んだり、書架の高い棚にある本を取るために彼女をおんぶしたり。
最初はやっぱり汗ダラダラだった。
冷や汗に脂汗、高鳴る鼓動に揺れる視界。だけどしばらく一緒に作業を続けていると、少しだけ変化が訪れた。少しづつ、調べものに集中できる時間が増えていったのだ。
真剣に調べものを手伝ってたからかもしれないし、彼女が夢中で調べものをする姿に心を打たれたのかもしれないし、理由はわからない。
ただ、二人で過ごすこの作業時間が、だんだん楽しいものと思えてる自分に気がついた。
力を合わせて一つのことに集中する。
そういや昔、領民たちとも、こうやって一緒に田畑を作っていったっけ。
俺は女性が苦手で、彼女は俺が女性恐怖症になった切っ掛けの人だけど、頑張る人は好きだ。彼女のことをだんだん好ましく感じている自分を、俺は自覚した。
ミューゼア嬢の仕草に目が奪われるのだ。
本の頁をめくる細い指先、考え事をしているときは、それがトントンと文字を叩く。唇が動いて、ブツブツと独り言に没頭する。
たぶん無意識なのだろうが、彼女は常に目をクルクルと回しながら文字を追っている。
知識に貪欲なのかな?
脳筋な俺にはわからないけど、なんだか楽しそうでもある。
没頭してるときでも、時折り思い出したように横にいる俺に気づき、「しまった無視しちゃってた」とばかりに申し訳なさそうな顔でとりとめない話題で話しかけてくるのに答えるのも、案外悪くないもんだ。
といってまだ、女性恐怖症が治ったわけじゃあないんだけどね。
だけど、これならいずれ……。
そして一週間が経ったころ。
「不思議ですね」
「どうしました、ミューゼア嬢」
資料をめくっていた彼女が初めて見せる困惑の表情。
なにがあったのだろう。
「見てください、この資料を。10年前は森の西で魔物が多かったのに、5年前から東にシフトしています」
「んー? それはつまり?」
魔物は大黒魔石に引き寄せられるから、魔物と最も出会いやすい場所周辺に大黒魔石があるだろうと俺たちは予想した。
「つまり、大黒魔石が森の中を移動しているのではないかと、この資料からは読み取れてしまうのです」
「魔石が移動? なんでまた」
「わかりません。大黒魔石は生き物じゃありません、鉱石です。自ら移動する、なんてことはないと思うのですが……」
こう……せき? 鉱石? ――あ。
思い至ることが一つあった。
「鋼黒竜……ヴェガド?」
「え?」
「いえその、ミューゼア嬢。あの魔物の森には、鉱物食べるとされる竜が、主として生息しているのです」
「――――!!」
ミューゼア嬢はビックリした顔で俺を見返した。
「つまりその鋼黒竜ヴェガドが、大黒魔石を食べて同化している、と?」
「その可能性は高いかと」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。えーと、ヴェガド、ヴェガド……」
彼女はなにか記憶を探っているようで、おでこに人差し指を添えて目を瞑った。
「えっと、ああそうでした、確か最終盤のダンジョンで宝箱を守る特殊ボス……」
ブツブツと、またなにかよくわからない言葉を発している。
こういうときの彼女って、なんだか未来人だか何かに見えなくもない。予知できるっていうのも、きっと大変なんだろうな。なにせ自分の破滅する未来までわかってしまうのだから、どこかで絶望してしまうのもわかる気がする。俺は平凡に生まれてよかったなぁ。
「大変ですよギリアムさま! そのドラゴンは超絶強敵です、例えるなら百面ダイスを10回連続で振り投げて、全て5%のファンブルをして貰わないと一撃死させられてしまうような奴! 到底勝ち目がありません!」
「よくわからないけど、わかりました」
「わかって頂けましたか!」
「はい」
俺は頷いた。
「仕方ありません、鋼黒竜ヴェガドとはいずれ決着をつけるつもりでした。この機会に倒してしまいましょう」
ええええええーっ! と。
ミューゼア嬢は仰天の顔を見せたのだった。




