接近、書庫にて
それから彼女は三日間、書庫に篭った。
寝るのも書庫で、着の身着のまま、文字通り篭り続けた。
夜中に起きて、机に突っ伏して眠っている彼女に毛布を掛けるのが日課になりつつあった。
「ミューゼア嬢は頑張る方だな、セバス」
「はいギリアムさま」
「俺が屋敷を開けてるときは、必ず気に掛けておいてくれ。間違っても風邪なぞひかせたりしないよう」
「おまかせください。ギリアムさまも、冒険者ギルドでの情報収集、あまり根を詰めることなきよう」
「わかってるつもりだが、ああも彼女の頑張る姿を見てしまうとね」
俺は苦笑しながら毎日ギルドの冒険者から話を聞きに回っていた。
そして日の終わりに書庫へと赴いて、お互いが今日得た情報を交換し合う。
一緒になって夜、書庫で作業をしていると、不意のときに身体がぶつかったりすることがあった。机の上に広げた資料を取ろうとしたときに起こりがちだ。
「ひゃっ!」
その度に飛びのいてしまう俺。くぅぅ、いつまでもこれじゃ失礼なことはわかっているのだが。
「……気になさらないでくださいギリアムさま。女性が苦手なのはもう承知しておりますので」
「いえ、その……面目ない」
「あ、そういえば」
その日、そう言ったミューゼア嬢は、なにやら手持ちの鞄の中をゴソゴソと。
「ギリアムさまの努力を見て、私も協力したくて……どうでしょうか、これ」
取り出したのは、妙な形のマスクだ。それを顔に装着する。
「えっと? それは……」
「いえ、もしかしたら、私が顔を隠せば少しは平気になるかと思いまして」
そう言いながら、マスクをした彼女が俺の方へと手を伸ばしてくる。
「ひゃっ!」
「……ダメそうですね。すみません」
「あ、いえ!」
頑張る。俺は頑張るぞ、ミューゼア嬢がマスクまで用意してくれて俺に気を遣ってくれたんだ。
「むぎゅー」
と彼女の手を握ると、俺ではなくむしろミューゼア嬢が「きゃっ」と驚きの声を上げた。それでも気にせず彼女の手を握り続ける俺。
「だ、大丈夫ですかギリアムさま?」
「大丈夫ですとも」
「本当ですか。汗が出てますけども」
「汗っかきですみません」
むぎゅー。握る握る。目を瞑って、必死になって握ってる。よしよし、ちゃんと頑張れてるな俺、まずは女性に慣れていく第一歩を踏み出せた。今日の一歩は明日の二歩に続くんだよね、俺知ってるんだ。だから、今日を頑張るのが大事。今日を頑張れる者だけが明日も頑張れるのであって――。
…………。
……。
気がつくと、俺は自室のベッドで横になっていた。
起きた俺の顔を、心配そうに覗き込んできたのはセバスだ。
「無茶をなされたようですな」
「お、俺は……? あれ?」
自分があのまま気を失ったという顛末をセバスから聞かされ、申し訳ない気持ちで一杯になる。ああ、俺はミューゼア嬢に恥を掻かせてしまったのではないか。女性の手を握って気絶だなんて、失礼にもほどがある。
俺は図書室に急いだ。
扉を開けると、ホッとした顔で俺の方に振り向くミューゼア嬢。
「ギリアムさま。お身体は大丈夫なのですか!?」
「申し訳ありませんでした。まさか気絶してしまうとは、なんたるご無礼!」
頭を下げると、彼女はむしろ申し訳ないという顔で笑った。
「いえ。こちらこそ無理をさせてしまったみたいで。マスク程度じゃ効果ありませんでしたね」
「はい……。あ、いえ」
「いいんです。また、なにか考えてきます。そのときは、また試して頂いても……よろしいですか?」
「え? ――は、はい、もちろんです!」
なんでそこまでするのですか、なんて野暮なことは聞かなかった。
彼女は明確な意思を以て、俺に近づこうとしてくれているのだ。
ミューゼア嬢の心に少し触れられた気がして、なんとも気恥ずかしい。
俺も努力をしないとな。いや本当に。




