魔物の森
魔物の森を調査することにした。
だが森は広いので、大黒魔石がありそうな場所にアタリを付けておかないと延々彷徨うことになりかねない。
「なにか……森のどこで魔物とよく遭遇しやすい、などの情報があれば良いのですが」
「といいますと?」
「魔石に近い場所ほど魔物が多くなると思うのです。ですから」
ああ、魔物は魔石に誘われるからか。それならば。
「屋敷の書庫に、領内の魔物に関する討伐記録が残っているはずです。それを調べれば魔物との遭遇情報が得られるかと」
「いいですね、拝見しても?」
「当然です。よろしくお願いしますミューゼア嬢」
書庫に入ると、カビくささと埃の匂い。
これは本の匂いだ。俺はこの匂いが苦手なのだけど、ミューゼア嬢は書庫に入った途端、大きく深呼吸をした。
「ああ、たくさんの本の匂い。なんだか落ち着きますねー」
「本がお好きですか?」
「はい。実家でもよく書庫に入り浸っていました。前世も、当然」
よくわからないがミューゼア嬢は本がお好きらしい。これは心強い。
いったん調べものは彼女に任せ、俺は冒険者ギルドへと赴いた。小規模ながら、しっかりと大陸の流れを組む組織だ。
そこに、魔物の森の探索クエストを出しておいたのだ。
何故か。
魔物の森には、主と呼ばれる強い魔物が居る。
鋼黒竜ヴェガド。20年ほど前から森に居ついた、エンシェント級と呼ばれる大ドラゴンである。
鉱石の鱗を持つヴェガドは人を食べたりはしないので、俺たちに興味を持つことはあまりない。
だが、気づかず近くで狩りなどをして領域を犯すと怒りだす。怒らせると、とても面倒だ、これまで幾度か奴を怒らせてしまい、町を荒らされたことがある。
その度に追い返しはしたのだが、結局は倒せず仕舞い。とにかく硬いのだ。
大黒魔石のありそうな場所が、アイツの居場所と被っていたら少し面倒なことになるからな、今のアイツがどこに居るのかは把握しておかないと。
そうして屋敷に帰るころには空は暗くなっていた。
「ずっと書庫に居たのですか!?」
「ええ、はい。この国の記録を読んでいると、面白くて」
セバスに頼んで、二人分の軽い食事を書庫まで運んで貰った。
手の汚れないサンドイッチを摘まみつつ、俺はミューゼア嬢の話を聞いた。
「ライゼル領は、本当に昔から魔物と戦い続けてきた土地なのですねぇ」
「そうですね。遠い昔に時の王から請われ、魔物を一万匹殺して土地を拓いたのがこのライゼルだと俺は聞かされています。なんでも、始祖である領主は王から勇者の称号を頂いたとかなんとか」
「その上、魔族の領地とも隣接しているから度々の勢力争い。何度も魔族の侵攻を退けてきているのですね」
そう。しかしそれは、10年と少し前の最終決戦で和解となった。
今は魔族と協力しながら魔物を倒すことすらある。
「魔族と和解は、本当に何度聞かされても信じられません」
「そのうちミューゼア嬢にもガリアードレの奴を紹介致しますよ。悪い奴じゃないので」
「楽しみなような、怖いような」
少し苦笑い気味の笑顔を閃かせて、彼女は本をめくっている。
「あ、ほら。せっかくなので出来たてのサンドイッチをお召し上がりください。こう見えてサンドイッチにも、美味しく食べられる時間というものがあるのです」
「そうなのですか?」
「はい。時間が経つとパンの表面が渇いてしまいますからね、それに、挟んだ野菜の水気でマスタードが水っぽくなってしまったり」
「……なるほど、今まで考えたこともありませんでした」
恐縮したていで、サンドイッチを口に運ぶミューゼア嬢。
なにかに気がついたように、首を傾げた。
「あら、このパンは……」
「お気づきになられましたか。我が領名物のパパラ米を粉にして捏ねた白パンです。小麦の白パンよりもモチモチしているでしょう?」
「はい。これは面白い食感、サンドイッチに合いますね」
交易できれば、パパラ米は必ずウチの主力生産品となると俺は思っていた。
パンにしても美味しい、米として食べても、モチモチで美味しい。嗜好品にも成りえると思うのだ。
「パパラ米……、聞いたことがないのですが、このお米はどちらで?」
「ガリアードレが種もみをくれたのです。友好の証に、と。魔族領で重宝されているお米とのことでした」
「……なるほど、私の知る未来では魔族王と人間が友誼を結ぶなんてことはありませんでした。だから私の知識になかったのですね」
「お気に召して頂けましたでしょうか」
「はい、とても」
ミューゼア嬢は最後にお茶を飲み、また調べものに戻った。
「この地図……見覚えが。ああそうだ、確かゲームと同じマップ……」
記録書を幾つも広げて、ブツブツとなにかに集中しながら呟いている。
「えっと、ここがこうで、ああだから……。でもギリアムさまはゲームの原作ブレイカーでらっしゃるから、違っている可能性も」
集中力すごいな。
もう俺の方なんか見向きもしないで書物に没頭を始めてる。
俺は彼女の邪魔をしないように食器の類を片付けると、こっそり書庫を出ていった。




