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第89話 王都前夜

 宿町。




 夕暮れの光が残る中、辺境伯一行の到着に周囲の視線が集まる。




 しかし騒ぎを広げることなく、馬車は静かに宿へと向かった。




 そのまま裏口へと回る。




 馬車が止まると同時に。




 扉が開き、一人の女性が現れる。




「辺境伯様」




 女将だ。




 慣れた様子で、深く頭を下げる。




 その視線が――




 ふと、ノアへと向いた。




(……あ)




 ほんの一瞬、目が止まる。




 三度目。




 だが、やはり慣れない。




「またお世話になります」




 ノアが軽く微笑む。




 柔らかな声。




 穏やかな表情。




「……っ」




 女将の頬が、ほんのりと赤くなる。




 視線を逸らしながらも、どこかぎこちない。




「……ノア」




 横から、静かな声。




 ソフィアだった。




「程々にな」




 ソフィアはそれ以上言わず、視線を戻した。




「ノアとアウル」




「私とアリスとクラリス」




「騎士達と御者」




 一拍置いて。




「三部屋だ」




「承知しました」




 女将はすぐに応じる。




 そのまま、一行を案内した。





 ---




 部屋。




 街道宿とは思えぬ程に整えられている。




「ふぅ〜……着いた着いた」




 アウルが大きく伸びをする。




「今回も見て周るの?」




 ノアが問いかける。




「う〜ん」




 少し考えて。




「前見たしなぁ」




 肩をすくめる。




「飯までのんびりするかな」




「そうだね」




 二人はそのまま、軽く腰を下ろした。




 他愛のない話を交わす。




 緊張感のない、穏やかな時間。




 ――コンコン。




 扉が叩かれる。




「どうぞ」




 ノアが応じると。




 扉が開き、アリスとクラリスが入ってきた。




「食事の準備が出来ました」




 アリスが丁寧に告げる。




「おっ、来たか」




 アウルがすぐに立ち上がる。




「行こうぜ、ノア」




「うん」





 ---




 夕食。




 ソフィア、ノア、アウルの三人が席を囲む。




「明日も早い」




 ソフィアが静かに言う。




「早く寝るんだぞ」




「あぁ、分かってるって」




 アウルが軽く笑う。




 そして、ふと思い出したように口を開く。




「明日、王都に着くだろ?」




「宿はどうするんだ?」




「?」




 ソフィアは首を傾げる。




「普段使う宿だが?」




 当然のように答える。




「なぁ」




 アウルは少し身を乗り出した。




「王城に泊まれよ」




「ノアは俺の部屋に泊まれば良いさ」




 その言葉に。




 ソフィアは少しだけ考える。




「ふむ……」




 そして、静かに口を開いた。




「しかし、老獅子はノアの寵愛領域が王城に広がるのを危惧していた」




「今回の滞在で、ノアが王城で過ごすことに許可が降りるか分からん」




「いやよ?」




 アウルが軽く手を振る。




「どっちにしろノアの存在は公になるんだ」




「なら、その影響も確認する必要があるんじゃねぇか?」




「……一理あるが」




 ソフィアは視線を落とす。




「まぁ、老獅子次第だ」




「あぁ、師には俺が言うさ」




 アウルが笑う。




「問題ねぇ」




 その言葉に。




 ソフィアは一瞬だけ目を細めた。




「……そうか」





 ---




 夜。




 ノアとアウルの部屋。




 静かな時間。




「いやぁ」




 アウルがベッドに腰を下ろす。




「何か楽しくなってきたなっ」




 無邪気な笑み。




 ノアはそれを見て、穏やかに微笑んだ。




「そっか」




 短く返す。




 アウルは少しだけ真面目な顔になる。




「ノア」




「ん?」




 視線が合う。




「これからも、よろしくな」




 真っ直ぐな言葉。




 ノアは、ほんの一瞬だけ目を細めて――




「こちらこそ、アウル」




 そう答えた。




 静かな夜。




 だがその中で。




 確かな繋がりが、そこにあった。

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