第85話 譲られた夜
夕暮れ。
執務室には、柔らかな橙の光が差し込んでいた。
ノア、ソフィア、アリスの三人。
静かな時間が流れている。
そこへ――
扉が開いた。
「ただいま〜」
アウルが気の抜けた声で入ってくる。
クラリスもその後に続いた。
「おかえり〜」
ノアが軽く手を振る。
「とりあえずな」
アウルは肩を回しながら言う。
「クラリスに一通り見てもらったからよ」
「まぁ、何とかまとめられそうだ」
「良かったね」
「あぁ、クラリス様々だな」
その言葉に。
クラリスは、わずかに頬を染めた。
「……当然のことをしたまでです」
「お、照れてんのかぁ?」
「照れておりません」
即答。
だがその声音は、ほんの少しだけ柔らかい。
「明日は報告書書く作業だなぁ」
アウルは大きく伸びをする。
「頼むぞ、クラリス」
「書くのは殿下ですからね?」
ぴしゃりと返される。
「分かってるって」
軽く笑いながら、頭をかく。
「しかし腹減ったなぁ」
そのまま椅子に腰を下ろし。
「今日の夕飯も楽しみだなぁ」
そんな何気ない一言で。
場の空気は、少しだけ緩んだ。
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夜。
ノアの自室。
アリスは、ノアの隣に座っていた。
距離は近い。
自然と、肩が触れ合う。
「……ノア様」
小さく名前を呼ぶ。
ノアは、そっとその手を取った。
「どうしたの?」
優しい声。
それだけで。
アリスの頬が、ほんのりと赤くなる。
「……いえ、その……」
言葉は続かない。
だが。
その手は、離さない。
ノアは微笑みながら。
軽く引き寄せた。
「こっちおいで」
素直に従うアリス。
そのまま、抱き寄せられる。
静かに、距離が縮まる。
――コンコン。
扉が叩かれる。
「入るぞ」
ソフィアの声。
「いいよ」
扉が開き。
ソフィアが入室する。
その視線が、二人を捉える。
一瞬。
ほんのわずかに、目を細めた。
「邪魔をしたか?」
「いや、大丈夫だよ」
ノアが答える。
ソフィアは、ふっと息を吐いた。
「……今日は譲る」
その一言。
アリスの肩が、ぴくりと揺れる。
顔が一気に赤くなる。
ソフィアはそれ以上何も言わず。
静かに踵を返した。
「……おやすみ」
そう告げて、部屋を後にする。
扉が閉まる。
しばらくの沈黙。
「……」
「……」
アリスは、顔を伏せたまま。
小さく息を整える。
ノアは、優しくその頭に手を置いた。
「……今日も、する?」
穏やかな声。
アリスは、少しだけ震えながら。
それでも、顔を上げる。
「……はい」
小さく、しかし確かな声で。
そのまま、そっと身を寄せた。
ノアは、それを受け止める。
自然に。
当たり前のように。
部屋の灯りが、静かに揺れる。
二人の距離は、ゆっくりと――
さらに近づいていった。




