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第84話 副官の本音

 三ヶ月半前。




 ソフィアが、一人の男を連れて戻ってきた。




 ――ノア。




 その姿を見た瞬間。




 城館の女たちは、明らかにざわついた。




「……」




 クラウディアもまた、その一人だった。




 整った顔立ち。




 落ち着いた佇まい。




 そして、どこか柔らかな空気。




(……何、この人)




 思わず目を奪われる。




(いや……待って)




(めっちゃイケメンじゃない?)




 その日から。




 城館の空気は、少しだけ変わった。




 やがて。




 “寵愛領域”の存在が明らかになる。




 ソフィアが、その男を囲い込むと決めたと聞いた時――




(え?)




(ノア様、ずっと居るの?)




(待って、ヤバい)




 内心は、大騒ぎだった。





 ---




 しばらくして。




 ヘレナが現れ、ソフィアは王都へ向かう。




 クラウディアは、その留守を預かることになった。




 日々の業務をこなしながらも――




 ふと、考える。




(ノア様……どうなるんだろう)




(このまま中央島から出て行っちゃうのかな……)




 ほんの少しだけ。




 惜しい、と感じてしまった。





 ---




 そして。




 ソフィアが帰還する。




 ノアを連れて。




 それだけではない。




 辺境伯の預かりとなったこと。




 王太子の滞在。




 ルクレツィアとの交易。




 次々と知らされる情報に――




(えぇ……)




(色々あり過ぎじゃない?)




 だが。




 それ以上に。




(……ソフィア様、機嫌戻ってるし)




 その事実の方が、印象に残った。





 ---




 ほどなくして。




 ノアとアリスが、執務室に常駐するようになる。




 クラウディアは、副官として報告に訪れる。




 その度に。




 彼と、顔を合わせることになる。




「報告します」




 いつも通り、冷静に。




 淡々と。




 だが。




(……あぁ)




(ノア様……)




 視線が、つい向いてしまう。




(今日も美しい……)




 内心は、全く冷静ではない。




(ていうかこれ……)




(私的には有難いけど……)




(ソフィア様、執務室にノア様置いて仕事してるじゃんっ)




(良いなぁ〜……)




 そんなことを思いながらも。




 表情は崩さない。




 完璧な副官として、振る舞う。





 ---




 夜。




 自室。




 クラウディアは、そっと机に向かった。




 引き出しを開ける。




 取り出すのは――




 一冊の、日記帳。




 ぱたん、と開く。




 ペンを手に取り。




 迷いなく、書き始める。




『今日はノア様といっぱい目が合っちゃったっ』




 ほんの少し、頬が緩む。




『明日もノア様いっぱい拝めますようにっ』




 書き終え。




 満足げに、そっと閉じた。





 ---




 翌日。




 執務室へ報告に向かう。




 扉を叩く。




「入れ」




 中に入る。




「報告します」




 クラウディアは、いつも通り淡々と告げる。




 内容を簡潔にまとめ、滞りなく報告を終えた。




「以上です」




 一礼。




 顔を上げることなく、そのまま退室しようとした――




「クラウディアさん」




「っ……!?」




 背後から、名前を呼ばれる。




 一瞬、思考が止まる。




 ゆっくりと振り返る。




「な、なんでしょう?」




 わずかに声が裏返る。




 ノアが、こちらを見ている。




 そして――




 柔らかく、微笑んだ。




「お疲れさまです」




(――――え)




 一瞬で、顔が熱くなる。




(ちょ、ちょっと待って)




(今の……何?)




(タイミング……ズルくない?)




「あっ……あ……」




 言葉が出てこない。




「し、失礼しますっ!」




 ほとんど逃げるように、部屋を出た。




 扉の向こう。




 ソフィアとアリスが、無言でその様子を見ていた。




「……」




「……」




「えっと……」




 ノアが困ったように口を開く。




 ソフィアは、小さく息を吐いた。




「……程々にな」





 ---




 廊下。




 クラウディアは、壁に手をついた。




「待って……ヤバい……」




 小さく呟く。




「ノア様ヤバい……」




 胸の鼓動が、収まらない。




「ノア様……ノア様……」





 ---




 夜。




 再び、自室。




 日記帳を開く。




 震える手で、ペンを握る。




『今日、ノア様に“お疲れさま”って言われたっ』




 文字が少し乱れる。




『ホントに良かった……』




『もしかしてこれから、声かけてもらえるのかなぁ』




 一度、ペンが止まる。




 そして――




『嬉しいけど、動悸が心配……』




 思わず、くすっと笑う。




『でも嬉しいっ』




 最後に、大きく書いた。




『私、この島に赴任して良かったぁ』




 ぱたん、と日記を閉じる。




 その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。

挿絵(By みてみん)

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