第77話 譲らぬ夜
ノアの腕の中。
ソフィアはわずかに顔を上げた。
距離は近い。
触れ合う呼吸。
視線が絡む。
「……逃がさぬぞ」
小さく、呟く。
いつもの強さとは違う。
どこか柔らかく、熱を帯びた声。
ノアはその言葉に、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「逃げないよ」
そう返すと同時に。
ソフィアの頬に、そっと触れる。
指先が、ゆっくりとなぞる。
「……っ」
わずかに肩が揺れる。
だが、目は逸らさない。
むしろ――
近づく。
唇が、重なる。
静かに。
だが確かに、求めるように。
一度。
離れて。
もう一度。
今度は少し長く。
「……ノア」
名前を呼ぶ声が、僅かに震える。
だが、その腕は強く回されていた。
離すつもりなどないように。
ノアはそのまま、彼女を抱き寄せる。
力を受け止めるように。
包み込むように。
「大丈夫」
短く、そう言って。
背に手を添える。
その一言だけで。
ソフィアの力が、少しだけ緩んだ。
だが――
離れはしない。
「……分かっている」
そう答えながらも。
その瞳は、どこか熱を帯びている。
いつもの冷静さの奥。
隠しきれない感情。
「今夜は……離れぬ」
唇が、再び触れる。
今度は短く。
何度も、何度も。
触れては離れ、また触れる。
「……今夜は、私だけ見ろ」
真っ直ぐ見つめた。
普段の冷静な騎士ではない。
女としての、熱を宿した瞳。
「明日は……アリスの番だ」
一歩、さらに踏み込む。
身体を預けるように。
確かめるように。
離さぬように。
「……分かるだろう?」
わずかに、声が低くなる。
「私は……」
一瞬だけ言葉を止める。
だが、逃げない。
「我慢など、出来ぬ」
「……だから」
小さく、しかし確かな声で。
「受け止めろ」
命令のようで。
だがどこか、甘えにも似た響き。
ノアは、静かに息を吐き――
その全てを、受け止めるように腕を回した。
「……いいよ」
短く答える。
それだけで十分だった。
そして再び、唇を重ねた。
今度は深く。
長く。
部屋の灯りが、静かに揺れる。
言葉は少ない。
だが。
互いの距離は、確かに縮まっていく。
触れ合う温もり。
重なる呼吸。
夜は、静かに更けていった。




