第72話 それぞれの朝
朝。
ノアの部屋。
静かな空気の中――扉が叩かれる。
「ノア様、起床のお時間でございます」
アリスの声。
ノアは一瞬、ソフィアを見る。
「……どうしよ」
ソフィアは平然としたまま答える。
「構わん、入れろ」
即答だった。
ノアは苦笑しつつ、声を返す。
「アリス、入っていいよ」
「失礼いたします――」
扉が開く。
そして。
アリスの動きが、一瞬だけ止まった。
「おはようござ――……」
言葉が途切れる。
視線が、ノアとソフィアの間を行き来する。
理解。
そして――
ほんの僅かに、頬が赤くなる。
「……」
ノアは気まずそうに口を開く。
「……えっと」
だが、ソフィアが先に声を出した。
「アリス」
「は、はいっソフィア様」
背筋を正すアリス。
ソフィアは淡々と言う。
「私は済ませた」
一拍。
「お前も、分かるな?」
「っ……はい」
アリスは深く頷く。
その一瞬、わずかに視線が揺れた。
ノアはそのやり取りを見て、首を傾げた。
(……?)
空気だけが、妙に理解されている。
――
朝食。
食堂。
ノア、ソフィア、アウルの三人が席に着いていた。
「ソフィア」
ノアが呼びかける。
「ん?」
ソフィアが顔を上げる。
その様子を見て、アウルがふと眉を動かした。
だが、何も言わない。
ソフィアが口を開く。
「アウル」
その一言で。
アウルの動きが止まる。
「……お?」
わずかに目を細める。
口元が、ほんの少しだけ上がった。
「なんだよ?」
何事もないように返す。
ソフィアは続ける。
「今日の島の見回りだが」
「私も同行する」
アウルは軽く頷く。
「ん?じゃあノアも来るのか?」
ソフィアはノアを見る。
「ノア」
「なに?」
「今日は留守番だ」
即答だった。
ノアは少しだけ驚きつつも頷く。
「分かった」
アウルは笑う。
「まぁ俺たち二人の方が早ぇか」
「効率いいしな」
ソフィアも頷く。
「泉に温泉……」
少しだけ考えるように言葉を続ける。
「温泉とは、お前が臭いと言っていた場所だろう?」
「ああ」
アウルが答える。
「ダンジョン都市の近くに宿町があるだろ?」
「温泉で有名なとこ」
「そこと同じ臭いな気がする」
ソフィアは納得したように頷く。
「成程な」
そして、少しだけ視線を落とす。
「お前の話を聞いて、思い当たることがある」
「この島は年中、気候が安定している」
「寒暖差も少ない」
アウルは一瞬、黙る。
「……それ、今まで気づかなかったのか?」
ソフィアの動きが止まる。
「私自身はこの島に常駐するのが基本だ」
「王都に出向くのは年に一度あるか無いか」
「本土から赴任してくる騎士の話を耳にした程度だ」
アウルは呆れたように言う。
「いやでもよ?」
「冬でもそんなに寒くならねぇのは気づくだろ」
「………」
沈黙。
ソフィアの頬が、じわりと赤くなる。
「マジかよ……」
アウルが呟く。
ノアが思わず笑う。
「ふふっ」
アリスも口元に手を当て、微笑む。
ソフィアは視線を逸らす。
「と、とにかくだ」
無理やり話を戻す。
「泉に温泉、それに安定した気候が偶然でないのなら」
一拍。
「まだ他にもあるかもしれん」
アウルは口元を上げた。
「そうだな」
立ち上がる。
「いっちょ探してみるかっ」
その声は、どこか楽しそうだった。




