第71話 静かな朝
朝。
柔らかな光が、ゆっくりと部屋を満たしていく。
カーテンの隙間から差し込む陽が、静かに揺れている。
穏やかな空気。
昨夜の気配が、まだ微かに残っている。
――先に目を覚ましたのは、ノアだった。
ぼんやりと天井を見上げる。
そして、すぐに気づく。
隣の温もり。
視線を横に向ける。
そこには――ソフィアがいた。
静かに眠っている。
いつもの凛とした表情ではなく、
どこか無防備で、柔らかな寝顔。
ノアはしばらく、そのまま見つめていた。
言葉はない。
ただ、穏やかな時間だけが流れる。
「……ん」
小さく、ソフィアが身じろぎする。
ゆっくりと、瞼が開く。
まだ少しだけ眠そうな瞳。
そして――
ノアと目が合う。
「……っ」
一瞬、思考が止まる。
次の瞬間。
顔が一気に赤くなる。
「お、おはよう」
ノアが自然に言う。
ソフィアは反応が遅れる。
「お、おはよう……だ」
視線が泳ぐ。
どこを見ていいのか分からない。
だが、すぐに昨夜の記憶がよみがえる。
「……っ」
さらに顔が熱くなる。
ノアは少しだけ身体を起こす。
「大丈夫?」
その問いに。
ソフィアは小さく息を吐いた。
「……問題ない」
だが、声はわずかに震えている。
ノアはくすっと笑う。
「そっか」
その自然さが、逆に意識させる。
ソフィアは顔を背ける。
「……あまり、見るな」
小さな声。
ノアは優しく答える。
「ごめん」
だが、どこか楽しそうでもあった。
少しだけ間が流れる。
静かな朝。
やがて、ソフィアはゆっくりと体を起こした。
まだどこかぎこちない動き。
「……ノア」
「うん?」
意を決したように、ソフィアは言う。
「その……」
言葉が詰まる。
だが、逃げない。
「……ありがとう」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
ノアは少し驚いたように目を瞬かせ、
そして微笑む。
「うん」
それだけを返す。
ソフィアは、わずかに肩の力を抜いた。
そして、小さく呟く。
「……悪くなかった」
すぐに、顔を背ける。
「い、いや……その……」
誤魔化そうとして、さらに混乱する。
ノアは優しく言う。
「うん、僕もだよ」
その一言で。
ソフィアの動きが止まる。
「……そうか」
小さく返す。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「……なら、良い」
その笑みは、昨日までとは違っていた。
どこか柔らかくて。
どこか、満たされたもの。
ノアはその変化を、静かに受け止める。
「今日はどうする?」
自然な問い。
ソフィアは少し考える。
「……アウルに顔を出すか」
「王都行きの話もある」
そして、一度だけノアを見る。
「ノアも来い」
「うん」
短いやり取り。
だが、その距離はもう違っていた。
以前よりも近く。
そして――
自然だった。
朝の光が、二人を包む。
新しい一日の始まり。
そしてそれは――
少しだけ、昨日とは違う世界だった。




