第70話 重ねた想い
夜。
灯りは落とされ、部屋には静かな闇が満ちている。
わずかに差し込む月明かりが、二人の輪郭を淡く照らしていた。
触れ合ったまま、離れない距離。
ソフィアの呼吸が、わずかに乱れている。
「……ノア」
小さな声。
強気な彼女らしくない、揺れた響き。
ノアは優しく応える。
「うん」
その一言だけで。
ソフィアの胸が締め付けられる。
視線を逸らしかけて――止める。
逃げない。
そう決めたから。
「私は……」
言葉が途切れる。
だが、続ける。
「お前の正妻だ」
かすかに震えながらも、言い切る。
ノアは、穏やかに微笑んだ。
「うん、知ってる」
その優しさが、余計に心を揺らす。
ソフィアは唇を噛み、そして――
ゆっくりと、ノアの胸に額を預けた。
距離が、さらに近づく。
「……怖くはない」
ぽつりと、呟く。
「だが……少しだけ、緊張する」
正直な言葉。
ノアは何も言わず、そっと背に手を回す。
包み込むように。
ソフィアの身体から、力が抜けていく。
「……ノア」
呼びかける声は、もう柔らかい。
ノアは静かに応える。
「ここにいるよ」
その言葉に。
ソフィアは、目を閉じた。
ゆっくりと顔を上げる。
距離が、なくなる。
触れるだけの口づけ。
だが、今度は離れない。
確かめるように。
重ねるように。
言葉はもう必要なかった。
ただ、互いの存在を感じる。
触れて、寄り添って――
少しずつ、境界が曖昧になっていく。
ソフィアの指が、そっとノアの服を掴む。
離れないように。
逃げないように。
ノアもまた、優しく応える。
急がず、壊さないように。
大切に。
静かに。
時間が、ゆっくりと流れていく。
やがて。
ソフィアが、かすかに息を漏らす。
「……ノア」
その声には、もう迷いはなかった。
ノアはただ、そばにいる。
離れずに。
受け止める。
そのまま、二人は――
夜の中へと溶けていった。




