第7話 緩む空気と、この国の名
「次は書庫でございます」
中庭を後にし、回廊を進む。
「ヴァルディアの記録や近隣諸国の資料もございますので」
「……ヴァルディア?」
思わず聞き返す。
アリスが足を止める。
翠の瞳が、少しだけ驚いたように瞬く。
「はい。ここはヴァルディア王国でございます」
「ああ……そうか」
ヴァルディア。
国の名。
「ご存知では、ありませんでしたか?」
「正直に言うと、あまり」
苦笑する。
アリスは責めるでもなく、静かに頷いた。
「では、ちょうどよろしいですね」
重厚な扉を開く。
書庫。
高い天井まで届く棚。
整然と並ぶ背表紙。
紙と革の匂い。
「ヴァルディア王国は、人口三百万を擁する王国です」
自然な口調。
説明ではなく、案内の延長。
彼女は一冊の地図帳を抜き取る。
机の上に広げる。
「こちらがアルセリア大陸でございます」
大きな大陸。
中央に広がる広大な帝国領。
「ここがマギステラ帝国。六百万の人口を持つ、最大国家です」
視線が動く。
「東にセラディア聖国。光魔法研究で知られております」
「南にノルヴァン共和国。交易国家です」
さらに指先が滑る。
「そしてここが、ヴァルディア」
大陸のやや西寄り。
山脈と平原に囲まれた位置。
「ヴァルディア王家の治める国」
静かな誇りが混じる。
「……他にもあるの?」
「小国家がいくつか。東方の島国アマツなども」
アマツ。
聞き慣れない響き。
「夢神信仰の強い国でございます」
夢神。
その単語に、胸の奥がわずかに反応する。
(……夢)
だが今は触れない。
「ノア様は、本当に遠くからいらしたのですね」
責める色はない。
ただ、事実を受け止める声。
僕は地図を見る。
広い。
広すぎる。
「ここで生きるんだな、僕は」
ぽつりと呟く。
アリスは静かに微笑んだ。
「はい」
距離が、少し近い。
「この国で」
その言葉は柔らかい。
だが、確かな重みがあった。
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書庫を出る。
空気は穏やかだ。
厨房では笑い声。
訓練場では動きが柔らぐ。
(広がってる)
意識を内側へ向ける。
寵愛領域。
何も見えない。
だが確かに、何かが満ちている。




