第57話 本妻の矜持
夕刻。
食堂。
ノア、ソフィア、アウルの三人が席についていた。
静かな時間。
食事は淡々と進む。
だが。
ソフィアの視線が、何度もノアへ向く。
ちらり。
また、ちらり。
ノアは気づいていない。
アウルは気づいている。
そして――
少し離れた位置。
給仕に立つアリスも、気づいていた。
(……分かりやすい)
ソフィアの変化。
昨日までとは違う。
柔らかい。
そしてどこか、落ち着かない。
アリスは静かに観察していた。
やがて食事は終わる。
三人はそれぞれの部屋へ戻った。
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夜。
ノアの部屋。
ベッドに腰掛け、本を手にする。
静かな時間。
コンコン。
ノック。
「……どうぞ」
扉が開く。
ソフィアだった。
「ソフィア?」
そのまま部屋に入り、扉を閉める。
少しの間。
そして。
「普段、この時間は何をしている?」
「本を読んだり、考えごとをしたり」
少しだけ考える。
「アリスが来るから、話をしたりもするよ」
沈黙。
空気が、わずかに変わる。
「……何?」
低い声。
ノアは気づかない。
「今日もさっきまで話してたよ」
「……いつからだ?」
「この屋敷に来てからかな」
「毎日、気にかけてくれてる」
「……そうか」
短い返事。
だが温度が違う。
そして。
「お前は、アリスのことをどう思っている?」
「好きだよ」
「女としてか?」
「うん」
間。
「……私よりもか?」
ノアは少しだけ考えた。
「比べるものじゃないと思うけど」
「ソフィアは特別だよ」
真っ直ぐな言葉だった。
沈黙。
「……特別、か」
ほんのわずか、息が緩む。
ノアが続ける。
「アリスのことも大事に思ってる」
「でも」
「僕を拾ってくれたのはソフィアだから」
「それは変わらないよ」
ソフィアは一歩近づく。
「私は」
「お前にとって一番か?」
「うん」
即答。
迷いはない。
「……分かった」
小さく頷く。
「アリスとの関係は許す」
ノアが目を丸くする。
「え?」
「アリスをお前の世話係にしたのは私だ」
「情が生まれるのは当然だろう」
少しだけ視線を逸らす。
「……あれだけ側にいればな」
ノアは少し戸惑いながらも頷く。
「……うん」
「お前も分かっているのだろう」
「アリスの気持ち」
「……うん」
「ならば」
「受け入れてやれ」
「アリスなら認める」
ノアは静かに頷いた。
「分かった」
ソフィアはさらに一歩近づく。
「だが」
視線が絡む。
「忘れるな」
「お前は私のものだ」
「いいな?」
「分かった」
その答えに満足したのか。
ソフィアは小さく息を吐いた。
そして。
「アリスとは何を話した?」
ノアは少しだけ迷う。
「……聞かれた」
「何をだ?」
「ソフィアとのこと」
沈黙。
「……どう答えた?」
「恋人になったって」
「アリスは?」
「やっぱりって感じで」
「おめでとうって言われた」
「……そうか」
ほんの一瞬。
感情が揺れる。
だがすぐに整える。
「アリスと話してくる」
踵を返す。
「お前はもう寝ろ」
「え?」
ノアが戸惑う。
ソフィアは振り返らない。
「心配は要らん」
「お前の女の管理も私の役目だ」
そして。
少しだけ強く。
「この世界は男が希少だ」
「一夫多妻が道理」
一瞬、言葉を選ぶ。
「お前の……本妻としてな」
ノアは小さく言った。
「……嫌じゃないの?」
ソフィアは足を止める。
ため息。
振り返る。
「はぁ……ノア」
少しだけ呆れた声。
「お前はもう少し自覚しろ」
一歩、近づく。
「男が希少な世界で」
「お前がどう見られているか」
「考えろ」
視線が鋭くなる。
「寵愛領域に慣れすぎたな」
ノアは少しだけ考えた。
「……そっか」
ソフィアは頷く。
「ではな」
扉に手をかける。
一瞬だけ。
振り返る。
ノアを見る。
ほんのわずかに、柔らかく。
そして。
何も言わずに部屋を出た。
静かな夜だった。




