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第54話 帰還

 港。




 潮の匂い。




 紫星号を背に、一行は動き出した。




 馬車。




 騎士三人。




 そして――




 ソフィアは馬に跨る。




 そのすぐ後ろ。




 もう一頭の馬。




 そこに乗るのは、一人の女。




「ソフィア様」




 落ち着いた声だった。




 クラウディア。




 ヴァルグレイン辺境伯の副官。




 ソフィアの側近だ。




 その視線が一瞬、後方へ向く。




 馬車。




 そして。




 アウルとクラリス。




「……ルクレツィアの船でお戻りとは」




「それに王太子殿下まで」




 ソフィアは前を見たまま言う。




「戻ったら話す」




 短い。




 そして続ける。




「気を抜くな」




「はっ」




 クラウディアは頷いた。




 だがその内心。




(……不機嫌?)




 わずかな違和感。




 だがそれ以上は問わない。




 馬が進む。




 街道。




 草原。




 そして――




 高台。




 城館が見えてくる。




 石造りの建物。




 外壁。




 見張り塔。




 訓練場。




 中央島の中枢。




 ヴァルグレイン城館。




 馬車が止まる。




 一行が降りる。




 アウルが周囲を見回した。




「へぇ〜」




 口元に笑み。




「案外立派だな」




 その瞬間。




「殿下」




 クラリスが静かに言う。




「“案外”は余計です」




 アウルが肩をすくめる。




「悪い悪い」




 そのやり取りに。




 ノアが小さく笑った。




 アリスも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。




 ソフィアは振り向いた。




「アリス」




「王太子殿下とクラリスを部屋に案内しろ」




「承知しました」




 アリスは一礼する。




 ソフィアは続けた。




「夕刻までは部屋で寛いでいろ」




 アウルがすぐに口を挟む。




「えー」




「屋敷見て回っていい?」




 ソフィアは一瞬だけ考えた。




「構わん」




「ただし勝手な行動はするな」




 アウルが笑う。




「よしっ」




 ノアを見る。




「ノア、クラリス、行こうぜ」




 クラリスが軽く息を吐く。




「……殿下」




 だが止めはしない。




 アリスが微笑む。




「ご案内いたします」




 そのときだった。




 ソフィアの声が落ちる。




「ノア」




 全員の動きが一瞬止まる。




「お前は私と来い」




 ノアが少し驚く。




「え?」




 アウルが不満そうに言う。




「えー」




「ノアと回りてぇよ」




 ソフィアは一切揺れない。




「駄目だ」




 短く、断定。




 クラリスが一歩前に出る。




「殿下」




 静かな声。




「ここは辺境伯の領地です」




「辺境伯の意向に従いましょう」




 アウルがため息をつく。




「しゃあねぇなぁ」




「あとでな、ノア」




 ノアは少し戸惑いながら頷く。




「うん」




 ソフィアは踵を返す。




「来い」




 ノアも続いた。




 城館の廊下を進む。




 その途中。




 すれ違う者たち。




 侍女。




 騎士。




 女ばかり。




 そして――




 一瞬。




 空気が変わる。




「あ……」




「ノア様……」




 小さな声。




 視線。




 嬉しそうな顔。




 明らかな反応。




 ノアは気づいていない。




 ただ軽く会釈するだけだ。




 その横で。




 ソフィアの眉が、ぴくりと動いた。




 何も言わない。




 だが。




 歩く速度が、わずかに速くなる。




 やがて。




 一つの扉の前で止まる。




 扉を開く。




 執務室。




 机。




 書類。




 地図。




 ソフィアの領地の中枢。




 ソフィアは中へ入る。




 そして。




 ノアを見る。




 静かな空気。




「話がある」




 その一言だった。

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