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第50話 海商の女

「私の船で、中央島までお送りしましょうか?」




 沈黙。




 ソフィアの蒼い瞳が細くなる。




 まず見る。




 女の装い。




 立ち方。




 雰囲気。




 そして。




 鑑定。




 表示された名に、ソフィアの眉がわずかに動いた。




「……ルクレツィア」




 小さく呟く。




 ノルヴァン共和国。




 五大商家の一つ。




 海運を担う名家。




 その当主が、何故こんな場所にいるのか。




 ソフィアは短く問う。




「共和国の重鎮が」




「何故ここにいる」




 女は笑みを崩さない。




「正直に言うわ」




「中央島に男がいる噂を聞いて」




「調べに来ていたの」




 沈黙。




 ソフィアの視線が鋭くなる。




(……共和国に勘付かれていた?)




「どこまで知っている」




 ヴィオラは肩をすくめた。




「どこまで?」




「知っていたのは」




「中央島に男がいるらしい」




「それだけよ」




 黄金の瞳が細くなる。




「ヴァルディアが持て余してる島に」




「男がいるなんて」




「気になるでしょう?」




 ソフィアは黙っている。




 ヴィオラの視線が、ノアへ向く。




 ゆっくりと。




 確かめるように。




「ノアと言うのね」




 ノアが少し驚く。




「え?」




 ヴィオラは続けた。




「レベル無しの異質な男」




「それに」




 一瞬、間を置く。




「寵愛領域」




 空気が少し張った。




 ソフィアの視線がさらに鋭くなる。




 ヴィオラは、そんなことは気にしないように言った。




「不思議ね」




「この子の側にいると落ち着く」




「寵愛領域」




「なんとなく分かるわ」




 ノアは困ったようにヴィオラを見る。




 ヴィオラはくすりと笑った。




「この子を中央島で囲っていたんでしょう?」




 ソフィアは即答しない。




 ヴィオラはその沈黙を見て、さらに言葉を続けた。




「違う?」




「概ね、今回の王都訪問で正式に辺境伯の預かりとなった」




「そういうところかしら」




 沈黙。




 ソフィアはまだ答えない。




 ヴィオラが笑う。




「あなた真面目ね」




「分かりやすいわ」




 そのとき。




 アウルが口を開いた。




「で」




「アンタは何が目的なんだ?」




 その声は軽い。




 だが瞳はヴィオラを見ていた。




 心眼看破。




 探る。




 だが。




 悪意は無い。




 少なくとも今は。




 ヴィオラはその視線を受け止めたまま言った。




「最初は興味だけだったわ」




「でも」




 ノアを見る。




 黄金の瞳が少しだけ柔らかくなる。




「この子を見て確信したの」




「この子との関わりが」




「大きな商機になる気がする」




「それに」




 少し笑う。




「とっても面白そうだわ」




 アウルが笑った。




「分かるわー」




「こいつ何か起こしそうなんだよな」




 ノアは首を傾げる。




「そうかな?」




 アリスが小さく苦笑した。




 ソフィアはそれを見て、心の中で小さく息を吐く。




(……こいつも王太子と同じか)




 ヴィオラはソフィアへ向き直った。




「心配しないで」




「別にヴァルディアに揺さぶりをかけたりはしないわ」




「私たちは商売が第一」




「その上で」




「中央島に興味があるのは事実だけど」




 海風が吹く。




 ヴィオラの髪が揺れる。




「あの島は魔物が強いでしょう?」




「私たちだけでは管理できない」




「だから」




 ゆっくりと言う。




「どう?」




「私と関係を結んでみない?」




 ソフィアは黙った。




 考える。




 共和国。




 交易。




 中央島。




 この女は危険だ。




 だが。




 使える。




 そのとき。




 アウルが先に言った。




「じゃあ俺が許可してやるよ」




 全員の視線が向く。




 アウルは肩をすくめた。




「母上には上手いこと言うさ」




「中央島はこれから面白くなる」




「商人が来るのは悪くない」




 ヴィオラの口元が緩む。




「決まりね」




 ソフィアは小さく息を吐いた。




 完全に納得したわけではない。




 だが。




 ここで拒む理由もない。




 ヴィオラはゆっくり一歩引いた。




「それじゃあ」




「改めて名乗るわ」




 優雅に一礼する。




「ヴィオラ・ルクレツィア」




「ノルヴァン共和国、ルクレツィア家の当主よ」




 そして。




 ノアへ微笑む。




「よろしくね」




 ノアは少し戸惑いながら答えた。




「……よろしく」




 港の風が吹き抜ける。




 その出会いは。




 まだ小さなものだった。




 だが確かに。




 中央島へ向かう流れは、また一つ変わり始めていた。

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