第44話 出発
早朝。
王都の空はまだ薄暗かった。
城壁の門の前には、すでに人影が集まっている。
ソフィアは馬の手綱を握っていた。
黒い名馬。
ヴァルグレイン辺境伯就任の際に王家から賜った馬だ。
ヘレナが乗ってきたものでもある。
その横には辺境伯の馬車。
御者が静かに準備をしていた。
ノアとアリスは馬車の前に立っている。
少し離れた位置には、中央島から同行してきた騎士三人が馬に乗ったまま待機している。
朝の空気は冷たい。
ノアは城壁の外へ続く街道を見ながら言った。
「もう出るんですね」
ソフィアが短く答える。
「ああ」
「王太子殿下とここで合流する」
ノアが頷いた。
そのときだった。
城壁の内側から、足音が近づいてくる。
振り向くと。
歩いてくる二人の姿があった。
先頭の青年が手を上げる。
「おう」
アウルだった。
その隣には一人の女性。
白髪。
灰色の瞳。
落ち着いた雰囲気の女だった。
アウルが笑う。
「待たせたな」
ノアも笑う。
「おはよう、アウル」
「おう」
アウルは馬車を見る。
「それが辺境伯の馬車か」
「結構立派だな」
ソフィアが答える。
「長旅だからな」
アウルは頷いた。
「じゃあ世話になる」
そう言って、何の躊躇もなく馬車へ近づく。
その横で、女性が一歩前に出た。
静かに頭を下げる。
「初めまして」
「クラリス・レオグランと申します」
ソフィアの眉がわずかに動く。
「……レオグラン?」
クラリスは頷く。
「はい」
「老獅子レオニウス・レオグランの孫です」
ノアが思わず言う。
「え」
「孫?」
クラリスは落ち着いた様子のままだ。
「王太子殿下の補佐として同行いたします」
そのとき。
アウルが肩をすくめた。
「こいつ昔から俺の側にいるんだ」
「まあ世話役みたいなもんだ」
クラリスが横目で見る。
「殿下」
「雑な説明はおやめください」
アウルが笑う。
「細かいな」
二人のやり取りを、ノアは少し楽しそうに見ていた。
アリスが小さく微笑む。
ソフィアは腕を組んだままだ。
クラリスが改めて頭を下げた。
「ヴァルグレイン辺境伯」
「よろしくお願いいたします」
ソフィアも頷く。
「こちらこそ」
アウルが馬車の扉を開ける。
「じゃあ乗るぞ」
「中央島までよろしくな」
ノアも頷いた。
こうして。
王太子と辺境伯。
そして理外の男を乗せた馬車は――
ゆっくりと王都を後にする。




