第35話 王太子
王城。
朝の空気は静かだった。
広い中庭では、兵士たちが訓練をしている。
剣の音。
掛け声。
だが、その中心にいるのは兵士ではなかった。
長い槍が風を裂く。
鋭い軌跡。
一歩。
二歩。
踏み込み。
突き。
空気を切る音が響いた。
槍を持つ青年がゆっくりと動きを止める。
茶色の髪。
茶色の瞳。
アウレリウス・ヴァルディア。
ヴァルディア王国王太子。
愛称は――
アウル。
青年は軽く息を吐いた。
槍を肩に担ぐ。
訓練を見ていた兵士たちが小さくざわめく。
王国史上最速。
十九歳にしてレベル90。
槍術スキルIX。
そしてエクストラスキル――
心眼看破。
物事の本質を見抜く力。
だからこそ。
アウルには友人がいなかった。
学院には男の生徒もいた。
だが、近づいてくる者の多くは王太子に取り入ろうとする者ばかりだった。
野心。
打算。
媚び。
心眼看破は、それを隠すことを許さない。
結果。
距離を置く。
それだけだ。
「……つまらんな」
---
午後。
城内を歩いていると、廊下の向こうから巨躯の男が近づいてくる。
アウルは小さく笑う。
「師よ」
レオニウス・レオグラン。
ヴァルディアの老獅子。
王国唯一のレベル100到達者。
そして。
アウルが唯一、師と呼ぶ男。
「お前を探していた」
「俺を?」
レオニウスは短く答える。
「辺境伯が来ている」
アウルの眉が少し動く。
「ヴァルグレインが?」
「そうだ」
レオニウスは続けた。
「緊急案件で謁見を申請している」
アウルは少し考える。
中央島。
辺境伯。
緊急と言うなら、あの島で何かが起きているのだろう。
そして。
レオニウスはさらに言った。
「先代のヘレナも同行している」
アウルは笑った。
「へえ」
それは確かに珍しい。
先代辺境伯。
剣術スキルX。
あの女まで動いた。
ただ事ではない。
「今回の謁見は秘匿だ」
「お前の心眼看破」
「役に立つかもしれん」
「……来い」
アウルが眉を上げる。
「その謁見」
「面白そうだ」
中央島。
辺境伯。
そして緊急案件。
王城の空気が、静かに動き始めていた。




