第34話 老獅子
王城。
その一角にある執務室。
窓の外には、王都の街並みが広がっている。
石の街。
塔。
煙突。
そして遠くに見える城壁。
ヴァルディア王国の中心。
その部屋で、一人の老人が書類を読んでいた。
白髪。
灰色の瞳。
身長二メートルの巨躯。
年齢は八十を越えている。
だが背筋は真っ直ぐで、衰えは感じさせない。
レオニウス・レオグラン。
ヴァルディア王国筆頭公爵。
王国軍事最高顧問。
そして――
王国唯一の
レベル100到達者。
かつて王国のダンジョン最奥で、レベル100の魔物を単独で撃破した男。
その名は王国中に知られている。
「ヴァルディアの老獅子」
あるいは
「牙折れぬ者」
レオニウスは静かに書類を机に置いた。
そのとき。
扉が叩かれる。
「入れ」
短い声。
扉が開く。
中へ入ってきたのは騎士だった。
先ほど王城へ駆け込んできた伝令だ。
騎士は膝をつく。
「失礼いたします」
「報告します」
レオニウスは腕を組んだ。
「言え」
騎士が続ける。
「辺境伯ソフィア・ヴァルグレイン」
「本日、王都へ到着」
レオニウスの眉がわずかに動いた。
「……ほう」
中央島の辺境伯。
あの島は王国でも特殊な土地だ。
だが。
それだけでは騒ぐ理由にはならない。
騎士は続ける。
「王への謁見を申請しております」
「理由は――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「緊急案件とのこと」
レオニウスは黙った。
緊急。
その言葉を軽々しく使う者ではない。
ソフィア・ヴァルグレインは。
若いが、真面目な女だ。
そして。
騎士はさらに言った。
「先代辺境伯」
「ヘレナ・ヴァルグレインも同行しております」
沈黙。
レオニウスの灰色の瞳が細くなる。
「……ヘレナもか」
あの女は三十年以上中央島を治めた。
剣術スキルX。
王国でも数えるほどしかいない到達者だ。
そのヘレナが動いた。
そして。
ソフィアが「緊急」と言った。
レオニウスは小さく息を吐いた。
「只事ではないな」
騎士は黙っている。
レオニウスは椅子から立ち上がった。
巨体がゆっくりと動く。
そして言った。
「謁見は」
一拍。
「秘匿とする」
騎士が顔を上げる。
レオニウスは続けた。
「陛下に伝える」
「辺境伯ソフィア・ヴァルグレイン」
「緊急案件の謁見」
「私が立ち会う」
「人数は限定する」
騎士は力強く答えた。
「はっ!」
騎士はすぐに立ち上がり、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静かな部屋。
レオニウスは窓の外を見た。
王都。
その先にある海。
さらに向こうにある島。
中央島。
「……ソフィア」
老獅子は小さく呟く。
あの女が軽々しく王都へ来るとは思えない。
しかも。
ヘレナまで動いた。
何かが起きている。
レオニウスの灰色の瞳が鋭く光った。
「面白い」
低い声だった。
「何を持ってきた」
「ヴァルグレイン」
王城の空気はまだ静かだ。
だが。
その静けさの奥で。
何かが動き始めている。




