第3話 視線の意味
アリスに案内され、ヴァルグレイン邸の廊下を歩いていた。
高い天井。磨き上げられた床。壁にかかる燭台の柔らかな灯り。
辺境とは思えないほど整った空間だ。
けれど――
(……見られてる)
はっきりと分かる。
廊下の端。柱の陰。開きかけの扉の向こう。
視線。
僕に向けられている。
女、女、女。
この屋敷にいるのは、ほとんどが女性だ。
目が合う。
すると、すぐに逸らされる。
まるで、見てはいけないものを見たかのように。
(いや、何でだよ)
服が変か?
歩き方がおかしい?
泥でもついているのか?
さりげなく袖を見下ろすが、特別ひどい汚れはない。
「……アリスさん」
「はい、ノア様」
隣を歩く彼女は、いつも通り穏やかだ。
「僕、そんなに変かな」
一瞬だけ。
ほんの一瞬、アリスの足取りがわずかに乱れた。
「いえ」
即答。
だが頬が、うっすらと色づいている。
「その……とても、お目立ちになっております」
「目立つ?」
そう問い返した瞬間、正面から侍女が現れた。
視線がぶつかる。
彼女はびくりと肩を震わせ、慌てて一礼し、そのまま足早に去っていった。
(……いや、絶対おかしいだろ)
僕はただ歩いているだけだ。
なのに、この反応。
「こちらが湯殿になります」
アリスが扉の前で立ち止まり、静かに開く。
湯気がふわりと流れ出た。
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◆
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石造りの広い浴場。
湯気に包まれた静かな空間。
「お着替えはこちらにご用意しております」
アリスは無駄のない所作で衣類を整える。
視線は合わせない。
いや、合わせられない、のか。
「それでは、わたしは外で控えております」
深く一礼し、扉が閉まる。
一人きり。
「……ふぅ」
ようやく肩の力を抜く。
(色々ありすぎだろ、今日)
名を与えられ、屋敷に迎えられ、世話係までついた。
現実感が薄い。
ぼんやりと正面を見た、そのとき。
大きな姿見が目に入った。
僕だ。
銀の髪と、蜂蜜のような琥珀色の瞳。
整った輪郭。
通った鼻筋。
均整の取れた身体。
「……あれ?」
思わず鏡に近づく。
角度を変える。
横を向く。
正面。
もう一度、じっと見る。
数秒の沈黙。
「……僕、格好良くない?」
思わず口に出た。
いや、待て。
自分で言うのも何だが、明らかに“整いすぎている”。
(だからか……?)
廊下の視線。
侍女たちの反応。
アリスの頬の赤み。
全部、繋がる。
この世界では、男は希少。
その上で、この顔。
(……なるほどな)
静かに息を吐く。
自覚は、時に武器になる。
だが同時に、厄介事の種にもなりかねない。
この屋敷で生きていくなら。
浮かれるわけにはいかない。
「……気をつけよう」
小さく呟き、鏡の自分をもう一度見つめた。
ここからが、本当の始まりだ。




