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第27話 旅路の始まり

 夜。




 ヴァルグレイン城館。




 執務室には、静かな灯りがともっていた。




 机の向こうにソフィア。




 その隣にはヘレナ。




 そして向かいに、ノアとアリスが立っている。




 昼間の出来事から、数時間。




 ヘレナが王都行きを決めてから、城館の空気はどこか落ち着かないままだった。




 ソフィアが書類を閉じる。




 そして顔を上げた。




「ノア」




「はい」




「明日、早朝に発つ」




 短い言葉。




 だがもう決定事項だ。




「まず船で本土へ向かう」




 ソフィアは机の上の地図を指でなぞった。




 中央島。




 そこから西。




 ヴァルディア王国本土の港町。




「船で半日だ」




「朝に出れば、昼には本土の港に着く」




 ノアは頷く。




 思ったより早い。




「そこからは陸路だ」




 ソフィアが続ける。




「馬車で二日」




「途中、宿町で一泊する」




 ヘレナが腕を組んだまま補足する。




「王都には二日目の日没前には着く」




「順調に進めばな」




 ノアは地図を見ながら小さく息を吐いた。




(結構、遠いんだな)




 王都。




 まだ見たことのない場所。




 王。




 国家。




 自分がそこへ行く。




 まだどこか現実感が薄い。




 そのとき。




 ソフィアがアリスを見る。




「アリス」




「はい」




「お前も同行だ」




 アリスは一瞬だけ目を瞬いた。




 だがすぐに頭を下げる。




「承知しました」




 ソフィアは続ける。




「ノアの世話はお前の役目だ」




「王都でも同じだ」




「かしこまりました」




 アリスは柔らかく答えた。




 ヘレナが軽く笑う。




「まあ、妥当だな」




「こいつ一人では何をするか分からん」




 ノアが苦笑する。




「そんなに危ないことしますかね」




「する」




 ソフィアが即答した。




 ノアは言葉を失う。




 アリスがくすっと笑う。




 静かな空気。




 だがどこか柔らかい。




 この空気。




 三ヶ月前の中央島には無かったもの。




 緊張。




 警戒。




 張り詰めた感覚。




 それが今は薄れている。




(寵愛領域)




 この男が来てから。




 この城館の空気は変わった。




 ヘレナも静かにノアを見ていた。




「明日は早い」




 低い声。




「準備をしておけ」




「分かりました」




 ノアが頷く。




 そして小さく息を吐いた。




 ソフィアが立ち上がる。




「今日はもう休め。下がれ」




 ノアとアリスが一礼する。




 執務室を出る。




 扉が閉まった。




 しばらくの沈黙。




 ヘレナが小さく息を吐く。




「……ソフィア」




「はい」




「分かっているな」




 ソフィアは答えない。




 だが視線は窓の外へ向いていた。




 中央島の夜。




 静かな海。




 そして。




 さきほど部屋を出ていった男。




「ええ」




 ソフィアは静かに言った。




「分かっています」




 これはもう。




 中央島だけの問題ではない。




 王国。




 そして世界が関わる話だ。




 夜の城館は静かだった。




 だがその静けさの奥で。




 新しい流れが、確かに動き始めていた。

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