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第26話 触れる感覚

 中庭。




「アリス、それ重くない?」




 僕は木箱を持ち上げながら言った。




 アリスが少し困った顔で笑う。




「大丈夫です。ですがノア様が持つ必要は……」




「いやいや、これくらいなら」




 城館の中庭は静かだった。




 風が吹く。




 どこか、落ち着く空気。




 ……最近、少し分かってきたことがある。




 この空気。




 この感覚。




 ――寵愛領域。




 最初は分からなかった。




 でも三ヶ月。




 この屋敷で過ごしているうちに、なんとなく掴めてきた。




 目には見えない。




 けれど確かにある。




 柔らかい何か。




 僕は胸の奥に意識を向ける。




 そこにあるものに、触れる。




 まるで粘土みたいだ。




 最初は固かった。




 でも、触っているうちに少しずつ柔らかくなった。




 指でこねるみたいに。




 伸ばす。




 丸める。




 まとめる。




 すると。




 身体の内側から、ふわっと何かが広がる。




 波紋みたいに。




(……あ)




 少し広げすぎた。




 僕がそんなことを考えていたときだった。




 足音。




 低い声。




「おい」




 振り向く。




 ソフィアによく似た女性。




 金の瞳がまっすぐこちらを見ている。




 その後ろにはソフィア。




 表情が硬い。




「ノア」




 ソフィアが言う。




「執務室へ来い」




「え?」




「今すぐだ」




 有無を言わせない声だった。




 僕はアリスと顔を見合わせる。




「……行きましょう」




 アリスが小さく言った。




 ---




「王都?」




 ヘレナは頷いた。




「王に報告する」




 そしてソフィアを見た。




「お前も同行だ」




 ソフィアは短く息を吐く。




「……承知しました」




 視線を僕に戻す。




「お前は国家案件だ」




 やっぱり、そうなるのか。




 ヘレナが続けた。




「すぐには出ない」




「え?」




「一週間」




 指を一本立てる。




「ここに滞在する」




「能力の検証を行う」




 観察期間。




「協力してくれ」




 ソフィアの視線が僕に向く。




「もちろん」




 断る理由はない。




 そのとき。




 ヘレナがふと目を細めた。




「落ち着いているな」




「え?」




「王都へ連れて行かれると聞いて、普通はもう少し慌てる」




「ああ」




 少し考える。




「……でも、行くしかないんですよね?」




 ヘレナはわずかに笑った。




「理解は早いらしい」




 そして。




「さっき中庭で何をしていた」




「え?」




「妙な気配がした」




 剣士の勘、というやつだろうか。




 僕は少し考える。




「いや」




「ちょっと触ってました」




 沈黙。




 ソフィアの眉が寄る。




「触る?」




「はい」




 僕は胸に手を当てた。




「寵愛領域」




「身体の内側にあるんです」




 ヘレナの視線が鋭くなる。




「説明しろ」




「えっと……」




 言葉を探す。




「粘土みたいなんです」




「……は?」




 ソフィアの顔が固まる。




 僕は続けた。




「最初は固かったんですけど」




「触って、こねて、伸ばしてたら」




「柔らかくなって」




 ソフィアが一歩前に出た。




「待て」




 声が低い。




「お前」




「それに、いつ気づいた」




「この三日くらい?」




 正直に答える。




「なんとなく触ってたら」




 沈黙。




 ソフィアが額を押さえる。




「……そんな話は聞いていない」




 そのとき。




 アリスが小さく笑った。




「ノア様は、器用ですから」




 少し誇らしげだった。




 ヘレナが立ち上がる。




 ゆっくり歩いてくる。




 僕の前で止まる。




「……広げてみろ」




 短い命令。




 僕は頷いた。




 胸の奥。




 そこにある柔らかいものに触れる。




 丸める。




 伸ばす。




 少し押す。




 すると。




 空気がふわっと揺れた。




 ソフィアの目が見開かれる。




「……!」




 ヘレナの眉が動く。




「何をした」




 僕は正直に答える。




「まとめて」




「伸ばしました」




 沈黙。




 長い沈黙。




 ヘレナがゆっくり息を吐いた。




「……なるほど」




 ソフィアを見る。




「前言撤回だ」




「叔母上?」




「明日、王都へ向かう」




 ヘレナの声は低い。




「これは」




 一拍。




「想像以上だ」




 僕はまだ知らない。




 この力が。




 どれほど世界を動かす可能性を持っているのか。




 次に向かう場所。




 ヴァルディア王都。




 そこで、また何かが始まる。

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