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第25話 三ヶ月前

 執務室。




 重い沈黙が落ちていた。




 ソフィアは机の前に立ったまま、息を整える。




 向かいにはヘレナ。




 腕を組み、椅子に深く座っている。




 その視線は鋭い。




 そしてその隣。




 ノアが少し困った顔で立っていた。




 アリスは部屋の端に控えている。




 先ほどの中庭の出来事から、まだ数分しか経っていない。




 だが空気はすでに張り詰めていた。




 ヘレナが口を開く。




「さて」




 低い声。




「説明してもらおうか」




 ソフィアは一度、目を閉じた。




 逃げることはできない。




 隠すことも。




 これはもう、辺境伯としての判断の問題だ。




 ゆっくりと息を吐く。




 そして顔を上げた。




「……三ヶ月前のことです」




 ヘレナの眉がわずかに動く。




 ソフィアは続けた。




「中央島の街道沿いで、倒れている男を発見しました」




 視線がノアに向く。




「記憶は無く、所持品も無し」




「鑑定を行いました」




 ヘレナは静かに聞いている。




「その結果」




 ソフィアの声がわずかに低くなる。




「レベルが存在しませんでした」




 沈黙。




 ヘレナはノアを見た。




 もう一度、鑑定を走らせる。




 やはり同じ表示。




 レベル無し。




 そして――




 白金。




 《寵愛領域》




 ヘレナは小さく息を吐いた。




「……なるほど」




 ソフィアは続ける。




「危険性を考慮し、城館内で保護しました」




「同時に能力の検証も行っています」




「寵愛領域の効果は」




 一瞬言葉を選ぶ。




「精神安定」




「疲労軽減」




「理解促進」




「……そして」




 ソフィアは少し視線を落とした。




「周囲の感情を、緩やかに変化させる可能性があります」




 ヘレナの目が細くなる。




「可能性、か」




「はい」




 ソフィアは答えた。




 そして。




 ほんのわずかに苦笑した。




「叔母上も……少し優しい」




 ヘレナが片眉を上げる。




「何?」




「普段なら、もっと強く詰めているはずです」




 一瞬。




 ヘレナは黙った。




 それから軽く肩をすくめた。




「……そうかもしれんな」




 否定はしない。




 だが表情は冷静だ。




 そしてゆっくりと言った。




「ソフィア」




「はい」




「判断自体は間違っていない」




 ソフィアの肩がわずかに緩む。




 だが。




 次の言葉で、再び空気が締まった。




 ヘレナは静かに続ける。




「だが」




「これは国家案件だ」




 ソフィアは目を閉じる。




 やはり。




 その結論になる。




「はい」




 小さく答えた。




 ヘレナの声は低い。




「これが露見すれば」




「ヴァルグレインの立場が危うい」




 ソフィアの指先がわずかに握られる。




「お前だけの問題では済まん」




「王国の問題になる」




 沈黙。




 ソフィアはゆっくりと頷いた。




 ヘレナはノアを見る。




 しばらく観察するように眺めたあと、言った。




「ノア」




「はい?」




「王都へ行くぞ」




 ノアが目を瞬かせる。




「王都?」




 ヘレナは頷いた。




「王に報告する」




 そしてソフィアを見た。




「お前も同行だ」




 ソフィアは短く息を吐く。




 覚悟は決まっていた。




「……承知しました」




 中央島の三ヶ月。




 その静かな時間は、ここで終わる。




 そして。




 物語は次の舞台へ動き始めていた。

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