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第24話 先代の目

 中央島。




 ヴァルグレイン辺境伯領。




 補給船はゆっくりと港へ滑り込んだ。




 帆が降ろされ、船体が軋む。




 港にいた兵士たちが顔を上げた。




 そして次の瞬間。




 ざわめきが広がる。




「……え?」




「まさか」




 桟橋に立っていたのは、一人の女だった。




 長い金髪。




 堂々とした姿勢。




 年齢は五十を越えている。




 だがその存在感は圧倒的だった。




「ヘレナ様……!」




 兵士の一人が思わず声を上げる。




 ヘレナ・ヴァルグレイン。




 先代辺境伯。




 三十年以上この島を治めた女。




 中央島を知る者にとって、その名は伝説に近い。




 ヘレナは港を見回した。




「久しぶりだな」




 懐かしむような声。




 兵士たちは慌てて敬礼する。




「ソフィア様にお知らせします!」




 一人の兵士が城館へ駆けていった。




 ヘレナはその背を見送りながら、肩をすくめた。




「そんな大袈裟なものでもない」




 だが。




 城館の中は大騒ぎになっていた。




「……は?」




 執務室。




 報告を聞いたソフィアは、固まった。




「今、何と言った」




 侍女が緊張した声で答える。




「ヘレナ様が、港に……」




 沈黙。




 数秒。




 ソフィアは額を押さえた。




「……最悪だ」




 完全に失念していた。




 前任の辺境伯。




 叔母。




 ヘレナ・ヴァルグレイン。




 中央島へ来る可能性があることなど、本来なら考慮しておくべきだった。




 だが。




 この三ヶ月。




 ソフィアの思考の大半は、別の存在に占められていた。




「……ノア」




 小さく呟く。




 そしてすぐに立ち上がった。




「迎える」




 城館の前庭。




 ヘレナはゆっくりと歩いていた。




 懐かしい風景。




 外壁。




 兵舎。




 訓練場。




 三十年以上見てきた場所だ。




「変わらんな」




 小さく笑う。




 そのとき。




 ソフィアが姿を見せた。




「叔母上」




 ヘレナが振り向く。




 蒼い瞳と、金の瞳。




 似た顔立ちの二人。




「久しいな」




「……ええ」




 ソフィアは頭を下げた。




 ヘレナは軽く頷く。




 そして周囲を見渡した。




 その瞬間。




 わずかに眉が動いた。




「……」




 何かが違う。




 説明はできない。




 だが空気が柔らかい。




 ここは中央島だ。




 魔物の平均レベルも高い。




 緊張が常に張り詰めている場所。




 だが今は――




「妙だな」




 ヘレナが呟く。




 ソフィアの肩が僅かに強張った。




 そのとき。




 中庭の方から声が聞こえた。




「アリス、それ重くない?」




 若い男の声。




 ヘレナの足が止まる。




 男。




 一瞬、意味が理解できなかった。




 そして。




 中庭に視線を向ける。




 そこにいた。




 銀の髪。




 琥珀の瞳。




 整った顔立ちの青年。




 そして――




 ヘレナの身体がわずかに反応した。




「……?」




 何かを感じる。




 理屈ではない。




 感覚。




 剣士の直感に近いもの。




 反射のように。




 鑑定が走った。




 次の瞬間。




 ヘレナの目が細くなる。




「……は?」




 表示されたステータス。




 レベル。




 無し。




 そして。




 白金に輝く文字。




 《寵愛領域》




 沈黙。




 数秒。




 ヘレナはゆっくりと振り返った。




 蒼ざめた顔のソフィアを見る。




 そして言った。




「おいソフィア」




 声は低い。




「これは」




 一拍。




「どういうことだ?」

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