第23話 先代辺境伯
ヴァルディア王国、本土。
王都から少し離れた武家の館。
ヴァルグレイン家の屋敷だ。
広い訓練場に、乾いた音が響く。
剣と剣がぶつかる音。
そして次の瞬間。
一人の騎士が地面に転がった。
「まだ甘い」
女が言う。
長い金髪を後ろで束ねた女。
年齢は五十を越えている。
だが身体の動きに衰えはない。
むしろ鋭い。
ヘレナ・ヴァルグレイン。
かつて三十年以上、中央島を治めた先代辺境伯。
現在五十八歳。
レベル93。
そして
剣術スキル――
X。
極致。
武の世界でも数えるほどしかいない到達者だ。
倒れた騎士が苦笑する。
「やはり敵いませんね」
「当たり前だ」
ヘレナは肩を回した。
「お前が勝てるようなら、ヴァルグレインの看板を下ろさねばならん」
周囲で見ていた騎士たちが笑う。
ヴァルグレイン家。
ヴァルディア王国でも屈指の武門だ。
この家の女たちは大きく二つに分かれる。
武に生きる者。
そして
子を残す役目を担う者。
武の才ある者は、王国の剣として戦う。
その頂点が
中央島。
世界の中心にある小島。
ヴァルグレイン辺境伯領。
代々この家から、最も武に秀でた者が送り込まれる。
任期はおよそ二十年から三十年。
長きにわたり、その役目を務めたのが
ヘレナだった。
そして現在、その座にあるのは――
「ソフィア」
ヘレナは呟いた。
姪の顔を思い浮かべる。
真面目で責任感が強い。
少し堅い。
だが
剣の才は本物だ。
二年前。
二十一歳で辺境伯に就任した。
現在二十三歳。
それ以来――
「そういえば」
ヘレナはふと気づいた。
「一度も顔を見に行っていないな」
辺境伯を退いた後、ヘレナは王都で武官の任を受けていた。
騎士団の指導。
軍の助言。
それなりに忙しかった。
だが最近、ようやくまとまった休みが取れた。
「……まあ、いいか」
ヘレナは笑った。
「久しぶりに様子でも見に行くか」
通達などしない。
そんなものは必要ない。
中央島へ向かう補給船は、月に数回出ている。
その一つに乗ればいいだけだ。
港。
補給船が帆を広げていた。
荷が積み込まれ、出航準備が進んでいる。
ヘレナは桟橋を歩き、船員に声をかけた。
「中央島へ行く船だな」
船員が振り向く。
一瞬目を丸くし、慌てて背筋を伸ばした。
「へ、ヘレナ様」
「乗せろ」
短く言う。
船員は苦笑した。
「……事前の知らせも無しですか」
「今さらだろう」
ヘレナは肩をすくめた。
帆が風を受ける。
船はゆっくりと港を離れた。
海の向こう。
中央島。
そこには今
新しい辺境伯がいる。
そしてヘレナはまだ知らない。
その島に
世界の理から外れた存在がいることを。




