第22話 港の薔薇
ノルヴァン共和国。
湾岸都市リヴァリエ。
昼。
港は活気に満ちていた。
交易船。
荷役の掛け声。
潮の匂い。
海の国の中心だ。
その港の一角。
一隻の大型船が停泊していた。
紫の旗。
羅針盤と薔薇を組み合わせた紋章。
ルクレツィア船団。
共和国でも最大級の海商の船団だ。
その旗艦。
紫星号。
甲板の上。
一人の女が海を見ていた。
紫の長髪。
潮風に揺れる。
白いシャツの胸元を少し開け、
ロングコートを羽織る。
腰には短いナイフ。
細いが無駄のない体。
ロングブーツ。
海商の装い。
船員が声をかける。
「船長、出港準備が整いました」
女は振り向く。
黄金の瞳。
口元にわずかな笑み。
ヴィオラ・ルクレツィア。
共和国五大商家、ルクレツィア家当主。
そして──
「港の薔薇」
と呼ばれる女。
「今日は出ないわ」
ヴィオラは海を見たまま言う。
「え?」
船員が目を丸くする。
「予定は全部動かす。
代わりに父に任せて」
「ですが旗艦が動かないと……」
「大丈夫よ」
ヴィオラは肩をすくめた。
「海は逃げないもの」
そのとき。
桟橋の方から声がした。
「船長」
振り向く。
情報局の制服。
ヴィオラは軽く眉を上げる。
「共和国情報局?」
女は一礼した。
「マリア・セルヴェン様より伝言です」
封筒を差し出す。
ヴィオラは受け取った。
封蝋。
共和国情報局の印。
その場で開く。
数行の報告。
中央島。
ヴァルグレイン。
男。
情報はそれだけだった。
まだ調査途中の報告書だ。
沈黙。
ヴィオラはもう一度読む。
そして。
ふっと笑った。
船員が首を傾げる。
「船長?」
ヴィオラは封筒を畳んだ。
黄金の瞳が細くなる。
「中央島に男、ね」
中央島は軍事拠点。
そこに男。
しかも
ヴァルグレイン城館。
「ソフィア・ヴァルグレイン」
ヴィオラは呟いた。
若き辺境伯。
アルセリアでも名の知られた女。
その城館に男。
「……ただの噂とは思えないわね」
ヴィオラは海を見た。
遥か西。
中央島の方向。
潮風が強く吹く。
そして。
ヴィオラは静かに言った。
「船を出すわ」
船員が目を丸くする。
「中央島へ?」
ヴィオラは笑う。
その笑みは
港の薔薇のものだった。
「違うわ」
指先で海を指す。
「まずはヴァルディア本土」
「情報は海より速く流れるもの」
そして。
グラスを持つような仕草で
空を仰ぐ。
「中央島の男、か」
ヴィオラの瞳がわずかに光る。
「どんな男かしらね」




