第16話 極地の距離
中庭。
午後の陽射しが柔らかい。
アリスが控えめに微笑む。
ふと気になったことを問う。
「この前、火魔法がIIからIIIに上がったよね?」
「はい」
誇らしさと、少しの照れ。
「スキルのIIIって、すごいの?」
微笑みながら答える。
「基礎を越えた段階です」
「基礎?」
「IとIIは、発現と安定です。IIIからはより高度になります」
なるほど、と頷く。
「じゃあ、上は?」
「一般的にはIとIIが基礎、IIIとIVが応用、VとVIが発展、VIIとVIIIが成熟、そして」
一拍置く。
「IXが極地目前。Xが極致です」
極地。
一瞬、老境を浮かべてしまう。
「Xって、どのくらいいるの?」
アリスは少し考える。
「国家に数人程でしょうか」
「そんなに少ないの?」
「はい。スキルを極めた到達点ですから」
へぇ、と感心する。
「じゃあIXは?」
「それも希少です。このヴァルディアでも数十人程かと」
そのとき。
「数十人、か」
低い声。
振り向く。
ソフィアが立っていた。
蒼い瞳が静かにこちらを見る。
「スキルIXは、目前ではない」
静かな口調。
「壁の手前だ」
「見せてやろう」
それだけ言って、歩き出す。
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訓練場
静まり返る。
兵士たちが道を開ける。
ソフィアは剣を抜く。
それだけで、空気が変わる。
重い。
音が消える。
「剣術は、IXだ」
説明はそれだけ。
構え。
無駄がない。
踏み込み。
——音が遅れて響いた。
石畳が鳴る。
視界が一瞬、置いていかれる。
振り抜き。
風が遅れて裂ける。
誰も動けない。
兵士の一人が、無意識に息を呑む。
「……」
二太刀目。
三太刀目。
寸分の狂いもない。
呼吸と動きが完全に一致している。
精度。
ただ、それだけで圧倒的。
「これがIXだ」
静かな声。
自慢はない。
誇示もない。
ただ事実。
僕は喉を鳴らす。
「……すごい」
アリスが小さく呟く。
「別の領域、でしょう」
だが。
四太刀目。
ほんの一瞬。
ほんの僅かに、重くなった気がした。
僕だけが気づく。
(今……?)
ソフィアの眉が、わずかに動く。
止まる。
剣を収める。
沈黙。
蒼い瞳が、こちらへ向く。
「……今、何をした」
「え?」
本気で分からない。
だが。
最後の一太刀だけ。
空気が、わずかに軽かった。
ソフィアは数秒、僕を見る。
やがて、静かに言う。
「……いや、気のせいだ」
だがその瞳は、確信を含んでいた。
IX。
極地目前。
だが、まだ届かぬ壁。
そして。
理の外に立つ男。
風が、遅れて訓練場を抜けた。




