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第12話 禁じられた距離

「……禁ずる、って」




 訓練場を後にしても、その言葉が頭から離れなかった。




 屋敷外への単独行動を禁ずる。




 命令。




 客人への配慮ではなく、明確な制限。




(僕、そんなに危ないのか?)




 自室へ戻る廊下。




 足音がやけに響く。




 後ろから、静かな気配。




「ノア様」




 振り返る。




 アリスだ。




 栗色の髪が揺れ、翠の瞳が真っ直ぐこちらを見ている。




「お疲れでしょう。お茶をお持ちいたします」




「……ありがとう」




 部屋に入る。




 扉が閉まると、急に静かになる。




 湯気の立つ茶器。




 向かいに座るアリス。




 だが今日は、ほんのわずかに距離があった。




 屋敷の外へ出るなと言われたせいか、




 それとも――心の距離か。




「ねえ、アリス」




「はい」




「僕、閉じ込められてる?」




 冗談のつもりだった。




 軽く笑って流すつもりだった。




 だが、声は思ったより真面目だった。




 アリスの指が、僅かに止まる。




「……違います」




 即答。




 だが、その声は柔らかい。




「ソフィア様は、ノア様を守ろうとなさっております」




「守る?」




「はい」




 視線が落ちる。




 そして、静かに続ける。




「本日の訓練をご覧になって、お分かりになられたはずです」




 僕は黙る。




「ノア様は、特別です」




 その言葉が、胸に重く落ちる。




 特別。




 嬉しいはずなのに、少しだけ怖い。




「特別ってさ」




 苦笑する。




「自由がなくなるってこと?」




 アリスの瞳が揺れた。




 ほんの一瞬。




 感情が、表に出る。




「……わたしは」




 言葉が詰まる。




 侍女としての立場。




 個人としての想い。




 その間で、迷う。




「ノア様が、遠くへ行ってしまう方が……」




 小さく、息を呑む。




「その方が、怖いです」




 沈黙。




 その言葉は、計算ではなかった。




 ただの本音。




 僕は言葉を失う。




(そんな顔、するなよ)




 胸の奥が、じんと熱くなる。




「行かないよ」




 自然に出た言葉だった。




「少なくとも、勝手には」




 アリスが顔を上げる。




 その翠の瞳が、ほんの一瞬だけ強く揺れる。




 何かを決意したような、そんな色。




「本当、ですか」




「うん」




 少しだけ笑う。




「逃げるほど度胸ないし」




 その瞬間。




 空気が、ふわりと柔らぐ。




 距離が、近づく。




 無意識の一歩。




 アリスの手が、そっと卓上で握られる。




 触れてはいない。




 だが、近い。




「……ありがとうございます」




 小さな声。




 安堵と、微かな独占欲。




 その両方が混じっている。





 ---




 同刻。




 執務室。




 ソフィアは一人、書類を前にしていた。




 視線は紙に向いている。




 だが、読んではいない。




「囲い込む」




 自分で選んだ。




 それは、辺境伯としての判断。




 正しい。




 軍事的にも、政治的にも。




 だが。




「……私は」




 小さく息を吐く。




 あの男を。




 力として見ているのか。




 それとも。




 守るべき存在として見ているのか。




 境界は、曖昧だ。




 窓の外。




 夕陽に照らされた中庭に、銀髪が一瞬よぎる。




 均衡は崩れ始めた。




 だが。




 それが破滅か、希望か。




 まだ、誰にも分からない。

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