第10話 噛み合う刃
「本日は訓練をご覧になりますか?」
アリスの問いに、僕は軽く頷いた。
「せっかくだしね。どんな感じか見てみたい」
案内されたのは屋敷裏手の訓練場。
乾いた土の匂い。
規則的な掛け声。
打ち合う鋼の音。
女性兵士たちが二人一組で模擬戦を行っている。
レベルは分からない。 けれど、動きの鋭さは素人目にも分かる。
(普通に強そうだな……)
少し離れた位置に立つ。
邪魔にならないように。
ただ、それだけ。
「始め!」
教官の声。
二人が同時に踏み込む。
刃引きされた訓練剣が交錯する。
鈍い金属音が響く。
砂が舞う。
速い。
受けと攻めの切り替えが滑らかだ。
「……?」
隣でアリスが小さく息を呑む。
本来なら拮抗するはずの二人。
だが今日は、無駄がない。
迷いがない。
一瞬の隙を、確実に突く。
「そこまで!」
教官の制止。
終わった瞬間、双方が驚いたように顔を見合わせる。
「……今の、見えました?」
片方が呟く。
「ええ。身体が……軽かった」
「怖さも、なかった」
怖さ。
その言葉が耳に残る。
僕は何もしていない。
ただ立っているだけだ。
だが。
空気が、柔らかい。
張り詰めた殺気が薄れ、 代わりに集中が研ぎ澄まされている。
まるで、 余計な雑音が消えているみたいに。
(……気のせいか?)
意識を内側へ向ける。
寵愛領域。
相変わらず何も分からない。
効果も表示もない。
ただ、その名だけ。
再び模擬戦が始まる。
今度はニ対ニ。
連携訓練。
普段は乱れが出る場面だと、アリスが小声で教えてくれた。
だが。
盾役の動きに迷いがない。
後衛の詠唱が淀まない。
前衛の踏み込みと魔法の発動が、ぴたりと重なる。
「……妙ですね」
アリスが呟く。
「何が?」
「ここまで綺麗に揃うのは、珍しいです」
視線を訓練場の端へ向ける。
そこには、腕を組んだソフィアが立っていた。
蒼い瞳が、こちらを捉えている。
逃げ場のない視線。
やがて彼女は、隣の副官に低く告げる。
「レベルの変動は」
「確認しましたが、上昇はありません」
「そうか」
短い返答。
だが、その目は細められている。
連携の模擬戦が終わる。
息は上がっているはずなのに、 誰一人として荒れていない。
「……楽しかったな」
兵士の一人が、ぽつりと漏らす。
楽しい?
辺境の訓練で?
普通は、疲労と緊張が残るはずだ。
それが、ない。
僕は立ち尽くす。
ただ、見ているだけ。
なのに。
訓練場の空気が、どこか満ちている。
柔らかく
温かく
それでいて 確かに熱を帯びている。
ソフィアがこちらへ歩み寄る。
足音は静かだが、圧はある。
「ノア」
「はい」
「何か、感じたか」
質問の意図が分からない。
「……いえ。皆さん、すごいなって」
嘘ではない。
本当に、それだけだ。
ソフィアは数秒、僕を見つめる。
その瞳は冷静で、鋭い。
だが――
ほんの僅かに、揺れている。
「本日の訓練はここまでだ」
彼女が告げると、兵士たちは素直に従った。
誰も不満を言わない。
むしろ、満足げだ。
ソフィアは小さく息を吐く。
「クラウディア」
「はっ」
「明日も同条件で実施する」
「……承知」
条件。
つまり――
僕が、いる状態で。
ソフィアは再び僕を見る。
その視線は、昨日より明確だった。
警戒。
確信。
そして――
わずかな期待。
「寵愛領域、か」
小さな呟きは、僕には届かない。
訓練場に残ったのは、 柔らかく緩んだ空気と、
理の外に立つ、銀髪の存在だけだった。




