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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通


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源一郎・四月二日・三

 野戦病院よりはマシと考えていた平屋は、今やまさしく野戦病院さながらだった。

 蝋燭のみを光源に、やれ喧嘩だ、酒の席での刃傷沙汰だ、やれ(ちまた)で噂の化け物に嚙みつかれた、いやありゃ野犬だ、撃たれただの、大盛況な有様である。

(圧倒的に手が足りない)

 マスクをした源一郎は、臓器まで損傷しているような重症患者は他所へ行くよう促し、手遅れな者はそのように連れ添いに伝え、消毒や縫合、服薬で済むような者には処置を施していた。

 勿論それで引き下がってくれるような者たちだけではない。見るからに筋ものの輩などは、匕首(あいくち)を取り出し治療しろと脅してくるような始末だった。

「俺に傷一つでもつけてみろ! その兄貴はそれこそ死んじまうぞ! わかったらとっとと他所へいけ! 本当に手遅れになるぞ!」

 凶器のある場での筋肉質な大男の恫喝である。荒事を商う筋ものともいえ怯んでいた。

 思考はいつしか英語になり、Fワードを連呼していた。順繰りに処理していったとはいえ、手の施しようがない患者がいることが、源一郎を苛立たせていた。

 恫喝された男達が諦めて担架に乗せられた兄貴分を長屋の外に出しかけた時、

「お呼びですかぁ」

 場に似つかわしくない緩い声とともに無貌の神、アルレインが現れた。

「おう、なんでもいいから手ぇ貸してくれ!」

「はいはい。それじゃ、その人はこっちに運んでください」

 アルレインは運び出されようとしていた筋もの兄貴を指し示し、男の顔に布をかけていた。

 周囲の人間たちは、皆アルレインに魅了されたかのような眼差しを送っていた。

「異人さんだ」

「とんでもねえ色男だ」

「女じゃねえのか?」

「だって良い匂いがするぞ」

「あっちぃ!」

 誰かが囲炉裏に足を突っ込みでもしたのだろう。

 源一郎は、マスクもせずに飛沫を飛ばす連れ添い達に声を張り上げた。

「マスクなしに喋るなと言っている! 唾でも人は死ぬんだぞ! 殺したいのか!? 喋るなら付けろ! 代金は貰うがな!」

 指し示した箱からマスクを取り出すのは半々だった。

(せめて光源さえしっかりしてれば……クソッ)

 ほぼ暗闇の中、患者と付き添いの人間達で半ばすし詰めの恰好となっている長屋では、道具や薬一つ取るのにも一苦労だった。

 脇腹を掠った銃創の縫合を終え一息吐く。焼酎を取りに人混みを潜っていると、

「すげえ」

「異人さんは夜目が利くんだなぁ」

「そうですよぉ」

「日本語うめえな!」

「ぺらぺらですよぉ」

 適当にあしらいながらもこの暗闇で、脇腹を大型犬にでも咬みちぎられたような、些か肥満体であるお陰で臓腑が見える程度に留まっているだろう有様の男性に、人間離れした素早さと緻密さで処置を施していた。

 麻酔を嗅がされたのか、兄貴分は脂汗を浮かべながらも寝息を立てている。術野部分の消毒、切開、鉗子による止血までも終えている。

「いやもう全部お前がやったら良いだろうよお」

 張りつめていた気が脱力を伴って弛緩する。

「いやそこはほら、源一郎さんが頑張っているから頑張らなきゃってものですから」

 要領を得ない返答を放置して、源一郎は焼酎とガーゼと包帯を手に元の位置へと戻った。




『邪神が自分にできないことをさせるとは思えない』という源一郎の推測は、ものの見事に粉砕された。

 患者らの足行は、二二時には落ち着いてきて、夜半にはもう訪れる気配すらなくなった。町そのものが眠ったようだった。

 再びの掃除を終えた部屋の片隅には、匕首や純銀の手綱煙管、貴金属から野菜などのお礼の品の数々が並んでいる。無論金銭でも頂戴していた。特にアルレインが処置をした、隣の部屋で眠っている兄貴分からは、入院代も含め更にふんだくるつもりでいる。ツルの証言に沿っているし、なにより臓器損傷出血多量で死ぬ他ない状態を、正しく神の御業で救われたのだ。安いものだろう。

 奥の部屋からアルレインが戻ってきた。

「なにやってたんだ?」

「最後の仕上げですよ」

 見れば柔らかさに震える球体状の黒い何かを手にしていた。

「大人しくしているように」

 頑丈な造りの箱に仕舞って言い聞かせ、蓋をして地袋の奥に詰めていた。

「さて、当座の資金は整いましたね」

 囲炉裏の体面に座すアルレインに、源一郎はおずおずと切り出す。

「明日もこれが続くってぇのか?」

 深夜ということもあり、お互い小声である。

 源一郎の口調には、若干筋もの達の影響が窺える。江戸弁ことべらんめえ口調を引きずっている。

「廃業しますか?」

 アルレインの口端は、絶えず緩やかに吊り上がっている。

「できるのか?」

「貴方が望めば」

 悪魔との契約のような趣を感じた。とんでもない代償を吹っ掛けられそうで――いや既に契約済みのようなものだった。

「ん-。流石に夜は遠慮したいが、もう少し続けてみるかな」

 救うより、刈り取ることを生業としてきたのだ。今夜の行いは、大したことはできずとも、また偽善独善であろうとも、悪いものではなかった。

「もっとお金が欲しいんですか?」

「いやそれは別に。多分今日のでもう一ヶ月は生きられるだろうし」

「一月の間の資金で良いのですか?」

 アルレインは、暗に一月後の立ち合いに勝つつもりはないのかと訊いている。

「ん-。まぁ、それはその時になったら考えるってことで」

 問題を先送りにしている。源一郎は自分こそが本物であると確信しているが、兎角この異常事態全般への実感が乏しいのだ。この半日をやり過ごすので精一杯だった。

「じゃあ明日からはもう少し手加減してあげましょう」

「手加減とは?」

「今日は稼ぎが良くなる手筈だったのですよ。なにせ暮らしも貧相なうえに元手がなさすぎますから」

 本当に、なんでもありのようだった。

 アルレインはふむ、と何かを思案するようでいた後、

「ではこれより貴方に神託を与えます」

 口元は、横一文字に結ばれていた。源一郎は思わず居住まいを正していた。

「貴方はこれから超常的な存在に、酷い目にあわされたり酷い目に合わせたりすることでしょう」

 源一郎は鼻で笑ってしまった。

「今まさにでは?」

「そこ、茶々入れない。でも事実であることは認めましょう。

 調査をするのです。今この帝都に潜む怪物に関する情報を集めてください」

「怪物」

 目の前にいるというのは無しだろう。

「具体的にはどうやって?」

「聞けば答えが返ってくると思わないでください」

 それはその通りではあるのだが。雲を掴むような話である。

「そろそろお暇します」

「ああ待った、頼みがある。あれの換金を頼みたい。匕首だけは残してくれ」

 指で指し示したのは、お礼の品々だった。

「できるものだけで良い。ツテがない」

「……まぁいいでしょう。今夜のうちにやっておきます」

 この夜中に質店の類が開いているのか疑問ではあったが、やっておくというのだからやるのだろう。

「あとこちらも渡しておきます。入用になるかもしれませんので」

 畳の上に置かれたのは、源一郎からしてみれば旧式のリボルバー拳銃と弾丸一箱、清掃道具一式だった。骨董品すぎて銃は整備の仕方もわからなければ、名称の判別さえ覚束ない。

 銃創を負った患者を診た時にも気付いたが、世間に銃が存在する時代なのだ。自らの幼少期がいかに先人たちの努力と労力と犠牲の元に築かれたものか、改めて重く受け止める。

「暴発しないだろうな」

「安全性は邪神のお墨付きです」

「それはダメなのでは」

 中折式で、見た限り不具合はなさそうだが、こればかりは完全に分解してみなければわからない。

「くれぐれも、勝負の時には使っちゃいけませんよ? 男はステゴロしてなんぼでしょう?」

「河原でどつきあって仲直りして、それで終われば良い話なんだけどな」

「吐き気がしますね」

 微笑みは絶えない。

「あとブーツが欲しいな。できれば先端に鉄板の入った安全靴が」

 まだあまり使っていないが、下駄に慣れていない源一郎は、自らの機動性に懸念があった。怪物とやらが出てくるなら、足元の不備は深刻な問題に繋がりかねない。

「足首までの、前まで使っていたような物ですか?」

「ああ。頼めるか?」

「ええ結構です、承りましょう」

 不貞腐れたような表情だった。源一郎は、この邪神の人間臭い表情を、初めて見た気がした。

「フルニトラゼパムも必要だって言うのでしょう? お気づきでしょうが、棚にありますよ」

「ああ」

 強めの睡眠導入剤の英名である。職業病ともいえる睡眠障害を患っている源次郎は、あれがないと眠れない。

「本来この時代にあるものなのか?」

「ありませんよ」

「わざわざ持ってきてくれたのか」

 アルレインは答えず、にっこりと笑うだけだった。

「パラドクスとか……今更か。まぁ色々と助かる。ありがとう」

「ありがとう?」

 アルレインは首を傾げており、その眉間は八の字に吊り上がっていて、口元は嫌な笑みに歪んでいた。凡そ人の感情から生じる表情ではなさそうだった。容貌が人間離れした整い方をしているためか、底冷えのしてくるような凄みがあった。

「なにか?」

 言わんとすることは、源一郎も理解している。こんな世界に連れてきた相手に対して『ありがとう』というのもおかしな話だろう。だがそれはそれとして、助かったことは事実である。彼の処置がなければ件の兄貴分は死んでいただろうし、源一郎にとっては、それだけ睡眠障害が厄介なものでもあったのだ。

「やっぱり面白い」

 言い残し、アルレインは出ていった。




 軽めのトレーニングと日課の柔軟を終え、体の調子を確かめる。

 恐らく後付けだろう押し入れから布団を取り出し、フルニトラゼパムを一錠取り出し水で飲むと、源一郎は布団に潜り込んだ。質の悪い布団は熱を纏うのに時間がかかり、肌寒さに身を捩る。

 アルレインほどの腕前が自分にあったのならば、どれほどの仲間が死なずに済んだろうか。

 二〇〇〇年頃の東京では聞けなかった蛙の合唱が煩わしかった。

 時折聞こえてくる銃声に何度も目を覚ました為眠りは浅かった。

ボケたい。

面白い物書きたい。

バニーガーデン2やりたい。

アオリイカ釣りに行きたい。

そんな時間あったら書きたい。

全部やりたい。

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