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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通
二章・漁村にて

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報告と結末

 車は深夜、無事帝都へと辿り着きました。探偵事務所に止められた車の処理を任せ、源次郎と銀之助は帰ろうとしました。しかし義治に呼び止められ、銃器弾丸の類を没収されておりました。

 懐に自前の拳銃と、鹵獲(ろかく)した自動拳銃だけは隠し持っていました。


「まぁこれだけあったってどうしようもないけどな。あまり良いようにされるのは気に入らないから、悪あがきだ」


 源次郎と銀之助は、月明りに照らし出される夜の帝都の帰路につきました。現実離れした経験からか、銀之助の口数は少なくありました。






 次の日、銀之助が昭一を立花邸に呼び出しておりました。昼を過ぎた頃に昭一はやって来ました。

 源次郎も同席しておりましたが、昭一の顔を見るなり、


「後は任せる。睡眠不足でな。ちょっとまだぼうっとしてる。頭が回らん」


 そう言い残して去っていきました。


 改めて二人になってみると、昭一は猫背気味で目の隈がより深くなっており、顔色も相当に悪くなっております。まともに眠れていないのでしょう。かつての堂々と胸を張って歩くようでいた快男児の面影はございません。


 銀之助は昨日起こったことの概要を説明致しました。

 昭一の婚約者家族は全員死んでいたこと。村の現状も、掻い摘んでですが説明致しました。


 源次郎は、兄と思しき人物が警察署に残されていたことを銀之助に語っておりませんでした。


「あの村に立ち入るのは危険だ。一人ではどうにもならない。警察もあてにできない。どうしようもないと思うよ」


「だったらこの僕の怒りはどこへやったらいい?」


 銀之助はその答えを持ち合わせておりませんでした。






 数日後、一日だけ妙に騒がしい夜がございました。随分と遠くから散発的な爆発のような音がしており、銀之助は夜中に目を覚ましました。

 窓から外を見てみると、東のほうの空が少し明るくなっているように見受けられました。時折明滅しております。

 なんだろうと疑問に思いつつも、再び寝具へと身を任せたのでございます。




 それ以外は何事もなく日々が過ぎていきました。




 ある日、立花家の電話に源次郎宛ての連絡がございました。相手は穂波で、義治からの呼び出しであります。


 探偵事務所に辿り着くと、出迎えたのは穂波でございます。


「武道袴も良いですね」


 そう笑んでおります。その変わりない様子に、源次郎は安堵しておりました。


「うちへの勧誘を断ったんだって? 一緒に働こうよう」


 媚びるような猫撫で声で申しました。


「変人と同僚になるのは御免被る」


「私が変な自覚はあるけど、それは源次郎さんにだけは言われたくない。無理やり変なもの見せるし」


「人聞きの悪いことを言うんじゃない。仮にも仏さんだぞ。茶化すんじゃない」


「そうね……そうだよね」


 途端に顔色が曇ります。何かフォローしようとしましたが、果たせませんでした。


「それで、秋山のとっつぁんは?」


「とっつぁんって。案内するね」


 一室から扉を潜ると、小さな部屋があり、そこにまた扉がございます。防音の為の造りでしょう。


 室内には、高価そうな椅子に腰掛けた、包帯塗れではありますが、いくらか傷の治ってきている秋山義治の姿がございました。

 穂波が退室し、小部屋のドアが閉まるのを確認すると、義治は申します。


「扉を閉めて、座ってくれたまえ」


「特高にかかれば個人情報は筒抜けなわけだ」


 連絡先など告げてはおりません。


「立花さんのところのお嬢さんを助けて居候をさせてもらったという経緯もね。紛らわしいので源次郎君と呼ばせてもらってもいいかな?」


「どうぞお好きに」


 ノックがされ、室内に穂波が入って参りました。二人分の茶を机の上に置くと、退室していきます。その間、二人は終始無言でおりました。


「この部屋の壁は厚い。彼女のことはそれほど気にしなくていい」


 それから義治は事の概要を説明致しました。

 院須升の村は軍と警察によって制圧し、海上の暗礁も破壊し、精錬所も爆破処理したのだと申します。


「村の規模の割に手古摺ったがね。不仲である警察陸軍海軍の合同作戦だ。表沙汰にはされないが、歴史的事件と言っていいだろう」


 院須升の村が精錬所の爆発事故により壊滅したという記事を、源次郎は目にしておりました。

 また、義治は「制圧」と申しましたが、源次郎からしてみれば怪しいものです。あの村の住民が、素直に逮捕拘禁されるとは思えませんでした。


「自分の手柄を自慢しに呼び出したわけじゃないだろ? 本題に入ってくれ」


「改めて言うが、源次郎君にはうちの探偵社に入ってほしい」


「それはお願いか?」


「断れば強制的な手段をとらざるを得ないな。具体的には、本意ではないが立花氏に飛び火するようなことなどをね」


「脅迫じゃないか」


「我々の特権だよ。それに穂波君も乗り気のようだった。惚れられているのは君のようだが?」


「惚れられるような覚えがない」


「武力があるというのは男の魅力だと思うが」


 現代ほど治安がよろしくない大正の時代においては、純粋な腕っぷしの強さが男性的魅力の指針の一つではありました。


「それは暴力に惚れてるだけで、俺に惚れてるわけじゃないだろ。本気にするほど阿呆じゃない、つもりだ」


 語尾は弱くなっておりました。


「君は捻くれているね」


「真っ当に生きてこなかったからな」


「暴力以外で生計を立てられないのだろう? 今から警察や軍に入れるわけでもなし、君はこれからどのようにして生きていくつもりだね? まさか無職のままでいるつもりでもあるまい」


「……いくつか条件がある」


「聞くだけは聞こう」


「まず、俺は誰の下にもつかない。アンタを上司とは思わない」


「構わない」


「俺が売るのは暴力だけだ。他にも気の進まない案件なら断る権利を貰おう」


「断言はできないが、善処はしよう」


「報酬は案件の危険度合に応じてもらう。例えば今回みたいな規模のことなら二千円だ」


「随分と吹っ掛けてくるな。仮に暴徒一人の制圧ではいくらになる?」


「さほど危険じゃないことなら一律百円としよう。あまり頻繁に使われても困る。言った通り病人なんだよ」


「良いだろう。それと、忘れる前に渡しておこう」


 百円札が十枚入った封筒を渡されました。


「追加で千円持っていきたまえ」


 金庫から取り出した千円を渡されます。


「随分と気前のいいことで」


「それだけ君を買っていて、危険視もしているということだ」


「俺には変な思想もないし、ただ平穏に暮らしたいだけなんだがね」


「活動家は皆正常だと言う。それに、そんな平穏な生活を自ら手放したのだろう? 今更生き方を変えられなどしないよ」


「どこまで知ってるんだよ……」


「戸籍にあるようなことと、最近中東から帰ってきたということまでは裏付けが取れたな」


「待て、俺に戸籍があるのか?」


「妙なことを言う。ないと思っていたのかね?」


 義治から渡された戸籍謄本には、源次郎の父親の名は、過去に家系図で見た高祖父の名で、母親の名もまた同様でございました。源次郎の曽祖父の位置に源次郎が潜り込んでいる形でございます。

 アルレインの仕業です。


「高名な軍人家系だな、君は燻っているようだが。ご両親とは連絡はとっているのかね?」


「ちょっと会い辛い理由があってね」


「いつまでもいるものではない。早めに帰国した旨伝えることを勧めるよ。ついでに穂波君を貰ってくれるとなお良い」


「だからなんでそうなるんだよ」


「探偵事務所に男と女が一人ずつというのは体裁が悪い。それもあって君を誘っているのだよ」


「俺には関係ない下らない理由だな」


「それで、条件は終わりかね?」


「一先ずはそんなところかな。後出しで付け加えてもらうこともあるかもしれないが、それでもいいよな?」


「無理を言っているのは解っている。承知しよう」


「……ならまぁ、非常勤の傭兵ってことで、これからはよろしく」


「ヒジョウキン?」


「常に勤務しているわけじゃないってことだ」


「なるほど、非ず常に勤務ということか。それは若者言葉かね?」


「いや、違うと思うが」


「ふむ」


「特高ってのは、若者言葉まで把握してなきゃならなくて大変そうだね」


「君にも向いていそうだがね」


「俺に腹芸は無理だ」


「どうだか。ま、何かあればまた電話で連絡するよ。くれぐれも私が特高であるということは誰にも言わないように」


「言わないし、言ってない。そもそも特高であるという証拠をまだ見せてもらっていないんだが?」


 特高を詐称することの罪の重さについては容易に想像がつきます。尋ねながらも源次郎は、義治は事実特高の人間であろうと考えておりました。


「私としてはここではなく、特別高等科の取調室にご招待して同僚と一緒に念入りにお願いをしても構わなかったのだがね?」


「お気遣い痛み入るね。穂波さんにも内緒にしているのか?」


「当然だ」


「ふぅん。ちなみに彼女は何の名目でここで働いているんだ?」


「形ばかりの求人に応募してきたまでだ。思いのほか利発で助かっている」


 義治が特高であると気付いている可能性を考えれば、聡明ではあるのでしょう。


「その割には無鉄砲だがね」


「だが今回は、その無鉄砲さに助けられた」


「そういえば、今の日本は銃の所持に許可がいるのか?」


「携帯許可証がいるが――待て、君はそんなことも知らずに拳銃を所持していたのか?」


「申請よろしく」


 逃げるようにして所長室を立ち去る源次郎でございました。

 帰りしな、穂波に「変人同士よろしく頼む」とだけ言い残し、源次郎は足早に事務所を立ち去ったのでございます。






 その足でランニングをし、夕方に帰宅した源次郎は離れに戻って汗を流そうとしていると、縁と銀之助が乱入してきました。


「今日という今日こそは、定職に就いてもらいますよ!」


「仕事なら見つかったぞ」


「え?」


「どういうことです?」


「銀は知ってるだろ、例の探偵社。あそこで使われるようになった」


「源次郎さんが探偵に?」


 想像がつかないといった様子の銀之助でございます。探偵にはなっておりませんが、源次郎は余計なことを口にはしませんでした。


「ちなみに例の件での稼ぎがこれだ」


 懐から二千円が入った封筒を手渡しました。


「こんな大金、どうしたのですか?」


「所長の救出料だよ。銀も半分持って行っていいぞ」


「……いえ、僕は何もできませんでした」


「なんだ、落ち込んでるのか? なんでまた」


 返答はございません。縁は銀之助を心配そうに見つめております。


「キミが車を見つけ出してくれなかったらどうしようもなかった。キミにはその金を貰う権利がある」


「僕が源次郎さんを巻き込まなければ、あんな危険な目にあわせることもなかった」


「それはお互い様だろう。俺は望んで首を突っ込んだし、足の為にキミの同行を求めた」


 それは源次郎にしては珍しく、方便でございました。


「危険な目って……どういうことですか?」


 縁が口を挟みました。あの日のことは、銀之助からも聞かされていなかったのでしょう。

 源次郎はおもむろに袴を脱ぎ、帯を外して上着を脱ぎました。


「ちょっと、何をなさっているんですの!?」


「何って、汗をかいたから風呂に入ろうと思っていたんだ。そこに君たちが来たわけだ」


「信じられません!」


 言い残して縁は部屋から立ち去っていきました。


「強引な手段ですね」


 源次郎は鼻を鳴らし、胴着を肩に引っ掛けました。


「キミも危険な目にあったんだ。受け取りなさい」


「いえ、そうでなくともこんな大金を頂くわけには」


「キミは俺を学生から不当に金をせしめた人間にしたいのか? これはキミが正当に受け取ってしかるべき報酬なんだよ」


 千円を抜き出し、封筒を押し付けるようにして銀之助に渡しております。


「学生の身分なんだから、無駄遣いはするなよ」


「学生じゃなくても、無駄遣いは駄目ですよ」


「ごもっともで」


「院須升の村、滅んだそうですね」


「みたいだな」


「あれから昭一君の行方が知れません」


「院須升に帰ったんだろうさ」


「どういうことです?」


「気付かなかったのか? 彼は院須升の特徴を色濃く反映していた。あそこの血縁の人間だったんだろう」


「待って下さい」


 言われてみれば、曲がった背中といい、こちらを見据えてくるような丸い瞳といい、再会した昭一は、彼ら院須升の人間たちと同様の性質を持ってきていたように思えました。


 源次郎の言が正しいのであれば、彼は自らの血縁に縁のある者たちの手によって婚約者一家を殺され、その復讐、或いはその血に導かれて滅びた院須升の村に帰っていった、ということになります。


 そのあまりにも救いのない凄惨さに、銀之助は二の句が継げずにおりました。


「そもそも彼はどうやって婚約者の死を知ったんだ? 新聞を辿ってもそんな記事は出てこなかった。警察が動かない地域なら、警察から連絡がいったということもないだろう。

 こうなった以上真相はわからんが、仮定だけならいくつか浮かぶぞ。例えば村の人間から彼女の死を知らされたとか、その時ついでに自分の血縁についても知らされたとかな。それぞれ別個の可能性としてだ。

 で、目的としては探偵でも雑誌社でもいい、調査をしに来る人間を招き入れるためとかな。今回でいえば俺たちや探偵事務所の面々がそうだ。昭一君がそこまで知っていたかはわからんがね」


 理解が追い付かない銀之助を置き去りに、ただの事実を告げるよう、平板な口調で源次郎は続けます。


「秋山の――探偵所長のとっつぁんも言っていたが、彼のように村を出ていた者もいれば、生き残りもいるだろう。やつらは今までそうしてきたように、また潜んで増えるんだろう」


 まだあの村の事件は終わっていない。源次郎はそう締め括りました。

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