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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通
二章・漁村にて

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不通

 源次郎は顔色の悪くなった穂波を連れて、ダゴン会館前の広間まで戻ってきておりました。周囲に目をやりながら建物の裏手までくると、老人の言ったとおりに警察署を発見できました。それと同時に、地面にあるものの数と場所を把握するよう努めております。

 地面を注視しながら一周してくると、再び広場にある、ホテル義流間の前まで戻って参りました。時刻は一六時を示しております。


 さて。と状況を整理致します。


 源次郎にとりましては、件の家族がこの村を訪れていたことが判明した時点で帰路についても問題はございませんでした。足取りを掴めれば最上でしょうが、それは高望みというものでしょう。

 しかし穂波はそういう訳にはまいりません。所長の行方は知れず、手がかりといえば、半ば狂っているような酒浸りの老人の戯言であり、その言を信じるのならば警察署でございます。侵入は一筋縄ではいかないでしょうし、出来れば夜闇に紛れたくあります。そうしてそうなるならば、この奇怪な村に宿泊せざるを得ず、身の危険を感じます。


「ここで俺らは帰ってもいいんだがな」


「所長は? うちの所長のことはどうするの?」


「そこまで協力する義理はない」


 努めて冷淡に申しておりました。


「充分な謝礼を支払うから」


「目標がいるかもわからない警察署の地下に忍び込む謝礼ってのは、一体いくらが相場なんだ? 第一、留置所にでも入れられてるなら鍵が要る。構造がわからない建物の内部に入り込んで囚われているかもしれない人間を救出するなんてのは無茶な話だ。それに生憎と当面の資金には困っていない。悪いが俺にはキミの要望に応える理由がなく、危険性しかない。そして今この話を村の誰かに聞かれているかもしれない」


 源次郎の言は一々もっともで、


「だったら具体的な言葉は避けて言ってよ」


 穂波はそれだけを返すのが精一杯でございました。


「大体キミにとってその所長はなんなんだ? ただの仕事の関係でこんな辺鄙(へんぴ)なところに来るとは考えにくいが」


 穂波は本当の理由を隠すため、一つ小芝居を打つことに決めました。


「……分からないよ」


「何が?」


「だから、私の気持ちがよ! 行方がわからなくなってから仕事が回らないことは困っていたし、でも今自分でもなんでここまでしてるんだろうって思ってもいるし!」


 源次郎にはそれだけで充分に思えました。


「そうか惚れてるのか」


「だから分からないんだってば!」


「その所長に惚れてるんなら、どうにかしてやるかと思わんでもないんだが」


「えっと、それはどうにかしてくれるってことですか?」


「そう言ってる」


「なんで?」


「理由は俺にもわからないが、そういう気になりはするってだけだ。具体的な手段は思いつかないがな」


「なんなの? 貴方」


「だから俺にもわからないって。ほら、銀が来たぞ」


 律儀に駆けてこちらへ来る銀之助の姿を見止めました。




 三人は合流し、少し移動してバス停の前で待機しております。


「何か収穫はあったか?」


「いいえ、特には何も。この村が不気味だということくらいです。そちらはどうでしたか?」


「件の老人に会った。狂人の戯言と聞き流しても良いが、家族は殺されていて、この子のところの所長は警察署の地下に捕まってるんだと」


 それを聞いた銀之助の顔には険が刻まれました。


「……源次郎さんはどのように見ていますか?」


「わからん。聞き流しても良いと思うし、あの支離滅裂な癖に真に迫った語り口は事実を言っているようにも思うし、まるきりの出鱈目にも思える。揶揄(からか)われた可能性もある」


「行ってみなければ分からないということですね」


「だな。どの道後日、日を改めてってところだ」


 口を挟んだのは穂波でございます。


「後日って……所長が捕まってるかもしれないのに? あのおじいさんは殺されてるかもって言ってたのに、すぐ助けないと大変なことになるんじゃないの?」


「だったらキミが助けに行けばいい。俺たちは帰る」


 過剰なまでに冷たい物言いでございました。


「……」


 その時、インスマス面でない人物が、バス停に紙を貼り付けました。紙には「本日臨時休業」と書かれておりました。


「ちょっと待ってくれ。これはどういうことですか?」


 立ち去ろうとする男性の背中に源次郎が声を掛けました。


「ああ、なんでも今日出発する便のエンジンが全部故障しちまったようでね。今日中には修理の目処が立たないんだそうだ」


「全部? 三台が全部ですか?」


 時刻表の通りでは、あと三便ある予定でした。


「ああ。貴方たちは余所者だろう? そこのホテル義流間に泊まる他ないと思うね」


「タクシイは呼べないのですか?」


 銀之助が問いました。


「ここいらの家に電話なんて上等なもんはないよ。桝ご一家のところにはあるかもしれんが、急に貸してくれっていっても貸してくれるとは思えないし、門前払いが関の山だろうさ」


『クソが』


 源次郎は悪態をついております。そのようなことを口走ったところで現実は変わってはくれません。

 三人は、この歪で奇怪な住民たちの住まう村に滞在することを余儀なくされたのでございます。

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