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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通
二章・漁村にて

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お喋りと、変な女と院須升・二

 銀之助はタクシーから降りて、件の車へ向かいます。


「故障ですか?」


「はい。直せる方はいらっしゃいませんか?」


 車から降りてきた人物は、声を聞くまで女性とは分かりませんでした。一見して男性の着るような正装を身に纏っており、頭には紺色のハンチング帽を乗せていて、髪はモダンガールの装いでもないのに、この時代の女性としては珍しく肩までの短さでいます。よくよく見てみれば小柄で華奢でおり、美人というよりは可愛らしい容姿をした女性でございました。


 銀之助はタクシーへと振り返り、


「直せそうな人はいますか?」


 運転手も源次郎も(かぶり)を振っておりました。


「どうしよう。院須升に行かなくちゃならないのに」


「貴女もですか?」


「貴方方も院須升に行くのですか?」


「どうしてあんな村に?」


 源次郎も下車して近くに参りました。女性は巨躯の男二人を前にして少々後ずさり、警戒の色を匂わせております。


「私は探偵をしているのですが、数日前に所長が院須升に向かいまして。それから帰って来ていないんです」


 口を挟んだのは源次郎でございます。


「その所長を探しに、一人で院須升に向かっている途中だったということですか?」


「そうです」


 源次郎は呆れたように一息吐きました。


「危機管理意識がなさすぎる。貴女は自分の美貌を自覚するべきだ」


 女性は暫しその整った瞳をしばたたかせてから、


「これって叱られてます? 口説かれてます?」


 銀之助に向かって問いました。


「恐らく叱られているのかと。良くも悪くも正直なお人ですので」


「叱ってるんだよ、当たり前だろ。初対面の女を誰が口説くか」


 源次郎は気を悪くした様子でございました。


「それで、どうなさいますか? 貴女さえ宜しければ院須升まで同乗するのも(やぶさ)かではありませんが」


 源次郎は堪らずといった様子で食ってかかりました。


「はぁ? 待て銀、キミは野郎三人が乗る車に、初対面の女性を一人乗っけようって、そう言ってるのか?」


「そうですが」


 今度の溜め息は、怒りを逃すようでございました。


「さっき危機管理意識の話をしたよな?」


「なさってましたね」


「皆まで言わなくてもわかるだろう?」


 言いたいことは語らせたかな、と機を見計らって銀之助は反論致します。


「仰っていることはわかります。ですがこのように何もない土地に移動手段を失くした女性を一人置いていくというのも、危機管理の点で問題があるのではありませんか?」


 人気も車の通りもない田舎道でございます。ぐうの音もでない論でございました。


「それに我々が彼女に危害を加えなければいいだけの話です。源次郎さんはこの方に危害を加えるつもりでもあるのですか?」


「ふざけるな」


「であれば、あとはこの方の判断次第ではありませんか。

 それで、どうしますか?」


 それまで二人のやり取りを見守っていた女性は破顔して、


「ええ、お願いします」


 そう申しました。


「だからもうちょっと警戒心をだな……」


「なんとなく、お二人は大丈夫だと思いましたので」


「どういう根拠だよ」


「探偵の勘ですね」


「胡散臭え」


 源次郎は諦めたのか、タクシーに戻っていきました。

 残された二人は、顔を見合わせ互いに薄い笑みを浮かべてから源次郎の後に続きました。




 農道を走る車内にて、三人は自己紹介をしておりました。


「黒田銀之助と申します。そちらが橘源次郎さんです」


 助手席に座った銀之助が後部座席を示して申しました。


「穂波と申します」


 軽く会釈をしております。


「苗字は?」


「名前が好きなので、名前で呼んでください。波になる稲穂で穂波です。私も銀之助さん、源次郎さんとお呼びしてもいいですか?」


「なんでだよ。馴れ馴れしいな」


「だって源次郎なんてお名前、一周周って当世風(アラモオド)で素敵じゃないですか」


 源次郎は変な女を拾ってしまった、と早速後悔しておりました。


「私は田中正、タクシイの運転手をしとります」


 茶化すように申しております。


「はい、よろしくお願いしますね」


 人当たりの良い微笑を浮かべたのでございます。


「それで、お二人はどのような要件で院須升に向かっているのですか?」


「人探しだ。キミと一緒だな」


 即答でございました。意を察して銀之助は黙っております。


「どういった方を探してらっしゃるの?」


「他人様の事情に首を突っ込むのは、探偵としての職業病か?」


「別に、そんなつもりでは」


 やや悄気(しょげ)ている様子の穂波をフォローするように、


「知人の家族一家を探してるんだよ。院須升近辺で行方がわからなくなったらしい」


 声色穏やかにそう申しました。


「院須升での行方不明者は多いって聞きますね」


「運ちゃんもそう言ってましたね」


「正です」




 やがてタクシーは地図に大まかに記された場所へ辿り着き、運転手に待っているよう告げてから三人は下車しました。

 周囲は見渡す限りの田畑でいて、遠くに二人ほど、腰を曲げて農作業をしている人影が見受けられました。

 畑に踏み入ろうとした源次郎を銀之助が諫めます。


「駄目ですよ源次郎さん! 勝手に人の畑に入っては駄目です」


「そうなのか?」


 何分源次郎は現代の都会育ちでございます。その辺りの知識に疎くありました。

 銀之助が良く通る大きな声で呼ばわると、おっとりとした足取りで夫婦と思しき腰の曲がった男女がやって参りました。


「申し訳ありません、お仕事中にお呼び立てしてしまって」


「いやぁ、構わん。そろそろ休憩しようかって話してたくらいでな」


「つかぬことを伺いますが、最近この近辺で女性の死体が見つかったというお話をご存じではないですか?」


 穂波の顔が驚愕に染められておりました。


「ああ、あっちの畑だな。すぐそこだ。稲が人型に倒れてるからすぐわかる。迷惑な話でな、朝畑に来たら女の子が背中を刻まれてぶっ倒れて死んでるもんで、どうしようかと困っちまったよ」


 穂波とは打って変わって平然と語る老人に、この近辺では良くあることなのかもしれないという嫌な推測が源次郎には浮かんでおりました。


「この女の子でしたか?」


 写真を取り出し手渡しました。


「多分そうだ。顔があまりにも強張っていたもんだからはっきりとは言えないが、こんな顔をしていたよ」


 写真を受け取ると、喋り続ける老人の相手を銀之助に任せ、源次郎は老人の指差したほうへ向かいました。穂波もそれに続きます。


 然程(さほど)歩かずに、源次郎は人型に倒れた稲穂を見つけました。少女は農道から外れて力尽きたのか、周囲に立ち入った形跡はございません。畑の隅、農道の側にそれはございました。夥しい量の血痕を残して。


「本当にあったか……」


 呟くような声は、穂波には聞こえておりませんでした。


 源次郎が両手を合わせて祈るようにすると、穂波もそれに倣いました。


 老人は、朝になって畑に出てきたら少女が倒れていたと申しました。院須升の村まで残り三キロといったところでしょうか。少女は村で傷を負わされたのか、それとも逃走中に負傷させられたのか。傷を押して三キロもの道を踏破したのか、夜闇に紛れて逃走したのなら、その最中に見つかり傷を負わされたのか。

 犯人は何故少女をそのままにしておいたのか。そも何故殺したのか。悪意を持って傷を負わせ、逃げる様を楽しんでいたのか。

 人型は何も答えてはくれません。


 ひとひらの風が、稲穂を波のように揺らしていきました。


「良い名前だな、穂波って」


「なんですか急に? こんな殺人現場を前にして、やっぱり口説くような変態なんですか?」


「だから違う。今揺れる稲穂を見てそう思っただけだ」


「こういう状況じゃなければ(なび)きそうな言葉でしたけどね。

 女の子が殺されたって、どういうことですか?」


「俺の事情じゃないから詳しいことは言えない」


「むう」


 頬を膨らませてむくれる穂波を置いて、源次郎は戻っていきます。穂波もそれに追従しております。


「それ、子供っぽいからやめたほうがいいと思うぞ」


「貴方は私のお父さんですか?」


「確かに余計なお世話だったな、すまない」


「いえ、そうやって畏まられるとそれはそれで困りますけど」


「畏まったつもりはないが?」


「どういうことですか?」


 笑顔で凄んでおりますが、如何せん迫力に乏しくあります。源次郎は鼻で笑ってしまいました。


「その笑い方だって、良くないと思います」


「仕方ないだろ、こればっかりは制御できない」


 そのように話しながら銀之助の元まで戻ってくると、彼はこう申しました。


「随分と仲が良くなったようですね」


 息を合わせたかのように二人は申します。


「「そんなことはない」です」




「そういえば、院須升について色々調べたんだろ? どうだった?」


 再び走り出した車内にて、源次郎は問いました。銀之助は手帳を広げながら答えます。


「ええ。大学の図書館で調べてみたのですが、大体こちらの運転手さんが仰っていた内容と同様です」


「正です」


「大学生なんですか? ちなみにどちらの?」


「今こっちの話をしてるから黙っててくれ」


「ええと、明治の初期に精錬業で発展し、漁村を支える二大柱の収入源となった。

 明治の中期に伝染病が流行り、人口が激減し、また同時期に排他的になっていったという程度です。

 源次郎さんは何か調べたりしたんですか?」


「ここ一週間の新聞から雑誌まであたったが、目ぼしい記事はなかったな。あとは酒場で聞き込みをした程度で、こっちも似たようなもんだ。

 院須升って土地は、時代遅れも甚だしいほどの排他性で、村民の殆どが特徴的な外見をしているって程度だ。あと漁村とはいえ村全体が異様に魚臭いんだと。

 呑めない酒を無理やり呑んで仕入れられた情報がその程度だ。運ちゃんが言ってた内容とほぼ同じだ」


「正です」


「お酒呑めないんですか? そんな立派な体格をしていて? 勿体ない、あんな人類の英知の詰まった雫を呑めないだなんて」


 差し出口を挟んだのは穂波でございます。


「やかましい。あんなもん呑めたところで体を悪くするだけだろう」


「百薬の長になんてことを!」


 ああだこうだとじゃれるような言い合いをする二人を放っておきながら、銀之助は一人得心するのでございます。やはり仲が良い、と。

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