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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通
一章・転移とコピー

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源三郎・四月下旬・二

 朝起きて、柔軟をするルーティンは続いております。数日前からそこに加わったのは、手紙を書くことでございました。源三郎が記した文章は半ば遺書めいてしまい、思うように筆が進んでおりません。


 今日もまた、紙を手の平で丸めてゴミ箱へ投げております。電鈴の音が鳴り響いたのは、そのような折でございました。




 こちらもルーティンである朝の稽古でございます。

 体を動かしている間だけは余計なことを考えずに済んでおりました。


「源次郎さん」


 こうして話しかけられなければ、でござますが。


「以前の夜の騒ぎは、やはり極道同士の(いさか)いらしいですね」


「お喋りが好きなのか?」


「人並み程度には」


 皮肉めいた言い回しにも、源三郎は反応致しません。


 源三郎が銀之助の体ごと帯を引き寄せ、足に手を添え持ち上げようと致します。すんでのところで銀之助はその体捌きでもって転ぶことを逃れました。


「危ない危ない」


「良く喋る」


 黙らせんとばかりに源三郎の猛攻は続いております。


 浮き落とし、小内返しを捌きながら、銀之助が申します。


「縁さんを避けるのに、助けました。邪険にするのに、煙草は止めろと仰いました。なぜですか?」


 源三郎の襟首を掴みにいった腕先に、源三郎の腕が巻き付くようにして極められ体を落とされております。


「痛っ」


 痛む手首関節が緩むと同時に膝が自然と上がり、肘を巻き取られて銀之助の体は宙を舞いました。銀之助は自ら跳んで一回転し、地面に手足を叩きつけて受け身をとっておりました。


「これも柔道じゃ、ないじゃないですか」


「受け身がうまくなった。銃の扱いも覚えてくれると安心できるんだがな」


「僕がですか? 銃は好みません。あれは人が必死に積み上げてきたもの手軽に一瞬で無にしてしまう」


「そうか」


 一礼し、源三郎は外へ向かい、下駄を引っ掛けております。

 銀之助はその背中に何かを言おうとして果たせず、一人呟くのでございました。


「この家に、縁さんに、害がなければ良いのですが」






 源三郎は図書室で、机に腰かけ本を読んでおりました。これもルーティンの一つでございます。重みがあるであろう大きな装丁(そうてい)をものともせず、難なく読み進めております。


 窓枠に黒猫がやって参りました。その場へ欠伸を残し、図書室へと侵入しております。机の上に飛び乗ると、源三郎の読む本の上に乗りました。

 源三郎は猫を傷つけぬように本をずらして机の上に置き、別の本を探しております。

 その足元を擦るようにして、猫が纏わりついております。


「妖怪脛擦(すねこす)りかな?」


 撫でると甘えるように腹を見せ、されるがままになっております。


「どこの猫だねキミは」


 腹を下から上へと大きな手で撫で、横にして尻尾の付け根を叩いております。首輪はつけておりませんでした。


「動物には優しいんですのね」


 縁でございます。


 黒猫は、窓へと登り、外へ出ていきました。


「人間以外の動物は好きだよ」


 申して源三郎は本を片付けております。


「そこまで嫌われる(いわ)れがありません。確かに最初にご迷惑はお掛けしましたが」


「嫌ってるわけじゃない」


「でしたらもう少しお話してくださってもよろしいのではなくて?」


「好いてるわけでもない。関心がない。口調が気に入らない」


「『汝、隣人を愛せよ』と言いますわ」


「神はいない。いてもロクなものじゃない。だから従う理由がない」


 本の一冊を抜き取ると、源三郎は部屋を後にしております。縁はそれに追従したのでございます。


「私、外国のことに興味がありますの。源次郎さんは中東にいらしたと耳にしましたが、どのようなところでしたか?」


 廊下を行きながら、源三郎は一瞥を送っておりました。


「愉快な仲間がいて、死と隣り合わせの日々で、楽しいことは仲間と遊ぶ以外はそんなになかった」


「なぜそのようなところへ?」


 源三郎は足を止めておりました。暫くの間口を開閉したかと思うと、如何とも表現し難い表情を浮かべて去っていくのでございました。

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