源一郎・四月二日・一
平屋に一人取り残された源一郎は、そこで漸く忸怩たる思いに項垂れておりました。生身で近代兵器と相対することが日常であった己が、たった一人、かの自称邪神である小柄な少年を前に、敵意や害意を抱くことすら許されなかったのでございます。
源三郎は「理解が追い付いていない」と申しておりましたが、源一郎は異なっております。反抗する意欲すら微塵も介在せず、ただ目の前の理外の理の外にある、ありうべからず存在を前にして、挫けた己の心の在り様を恥じておりました。
外からは仕事帰りなのか、人々の喧騒がたおやかに聞こえてまいります。源一郎の心持を他所に、室内には夕日が差し込み、舞い上がっていた埃を照らしだし、衛生的ではあらずとも、ある種の美しさを感じさせるような風情がございます。
(防音性はない。さっきまでの話は外に聞こえてたのだろうか? そうしたことすらアイツは制御できるのか?)
情緒も何もない思考に導かれるようにして現実離れした現在へと巡りだした頭で、一つ気を取り戻すよう呼気を捨て置き、源一郎は部屋の物色を始めました。
部屋の隅の棚には薬品類を陳列する棚が三段ございました。角には薬箱のような箱に紛れて焼酎の酒瓶が乱雑に配され、そしてそのどれも埃を被っており、実用に足るものか判然としません。
また、納戸に思えた戸を開け潜ると、先程までの部屋と同じだけの空間が広がっておりました。そこには薄い布団が六対敷かれております。長屋の二部屋を無理やり拡張したのでしょうか。
薬瓶の一つを手に取り観察すると、ラベルにはドイツ語の羅列が並んでおりました。他には旧式の聴診器と思しき器具や、患部へ光を反射させる額帯鏡なども見受けられます。
(闇医者でもやれというのか)
この主不在の埃漂う平屋は医療施設なのでしょう。些か不衛生ではございますが、野戦病院よりはマシな様相ではございます。
源一郎は、医師免許など当然所持しておりません。簡単な応急処置と、経験を基にした簡易な外科手術がせいぜいでございます。
内科的処方は耳学問としてしか知らず、また薬の名称も使ったことのある物程度しか知りません。何より今は大正時代でございます。百年近く先の人間である源一郎の知る薬の多くが未開発であることでしょう。
(無茶だろ)
日本の医師法は明治時代末期に制定されました。また大正五年には、それまでは漢方の知識を主としたものだったのに対し、西洋医学の知識を要する試験が導入されております。
端的に申し上げればこの時代、手腕を問わぬのならば、モグリの医師はさして珍しいものではございませんでした。
(いや、患者を選別すれば、闇医者ならやってやれないことはない、か?)
邪神を信じる、というと少々語弊がございますが、件の少年が不可能なことを強いるとは思えませんでした。一月の間源一郎の生活が立ちいかないのならば、ゲームとして成立しえないからです。
そこでふと、かの邪神に対して信用というよりも、ある種の蠱惑的な魅力を感じている自身に気が付きました。
(どうかしてる)
身震いを供に置き去りに、焼酎の瓶を改めるべく手に取りました。
いずれにせよ闇医者を活計の道として歩むのならば、理解の範疇を超えている邪神よりも現実問題として恐れるべきは官憲ですが、何分源次郎にとりましては縁遠い存在となって久しくございます。しかしそれも、強いて申し述べるならばでございます。システムよりも義理人情が遇される時代でございました。
(戸籍とか、どうなってるんだろうな。俺の実家も。そもそもここはどこなのか)
散漫な思考を、益体もない、無為であると切り捨てました。
まずは物資の確認がてら、掃除をするべきだろうと源一郎は考えました。
少年は『環境』『お膳立て』といった言葉を残しておりました。その言を信ずるのならば、何かしらの出来事が向こうからやってくるのだろうという見立てでございます。いざという時に何がどこにあるのかわからないのでは対処のしようがございません。
屈みこんで雑巾とはたきを拾い上げた源一郎が大きな腰を上げると、天井の低さが気になりました。六尺を超える体躯の源一郎には、この平屋は手狭に思えてしまいます。
(掃除はしやすそうだ)
前向きに捉えることにして、まずは上から、すなわち薬棚の埃落としから手を付け始めました。
慣れた造りと異なる様式の建物のせいで幾分か勝手は違えど、源一郎の掃除の手際は見事なものでした。幼少の頃から身の回りのことを自らで行えるよう教育されてきた結果に由来するところでしょう。
(さすがに布団は干せないな)
開け放しにした戸の外から吹き込む風は、源次郎が知る日本よりも湿気を多く含むよう感じられます。現代よりも周囲に湿地と土が多いためでございます。
四谷は鮫ヶ橋にあるこの長屋には、水道蛇口などございませんでした。他人を頼りに井戸の場所を尋ね、木桶に汲んだ水で畳を磨いております。
その際気味が悪かったのは、尋ねた者や、他複数人が源一郎のことを知っている素振りでおり、気さくに『若先生』などと声をかけてきたのです。まるで源一郎が長くここで暮らしていたかのように。
一通り片づけを終えた源一郎は、囲炉裏で煮沸させた水を冷ましながら、とりとめもない思考の渦に囚われておりました。
考えてもどうしようもないことが多ございました。
本来であれば、妖怪を肯定した源三郎を揶揄することなぞできません。黄泉戸喫を警戒して茶に口を付けなかったものの、体を動かせばどうしようもなく喉が渇きます。
杳として果たせずにいた悲願が向こうの世界にございます。
見知らぬ既知の人々がおります。
大正時代とは。邪神とは。
今眺めている薬瓶もそうです。棚の中に紛れているそれらは、果たしてかように昔から存在していただろうかと。
疑問や不安に覚悟など。鬱屈したそれらすべての感情を、冷めた湯と共に一息に飲み干したのでございます。




