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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通
一章・転移とコピー

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黒田銀之助・四月二四日

 第一印象こそ最悪でいた橘源次郎なる人物は、銀之助の目には、廃ビルの一件こそ引っ掛かっているものの、その人物像としましては、なかなかどうして悪い男ではないように思えておりました。

 武道の知識は勿論のこととして、外科的な医学や多少の心理学にも通じており、話が合うのでございます。


 ただ疑問であるのは、件の爆音と、立花縁への態度でございました。


(何故あのように毛嫌いするのだろう。助けたから毛嫌いしているのか、毛嫌いしていながら助けたのか)


 銀之助には知り得ない事柄です。


(なんにせよ、もっと色んな技を出させて盗まねば)


 朝稽古で掻いた汗を拭いつつ、そのようなことを考えておりました。






 帝大の学帽を被った銀之助は、運転手と共に中庭で縁の出立を待っておりました。

 しばらくの間離れから響いていた異音はもういたしません。


「お待たせしました」


 女学生の出で立ちでいる縁が邸宅の門を潜っております。


「今日も可愛らしいですね」


 車のドアを開けながら、銀之助が申しました。


 いつもの言葉に縁は鼻で笑っておりました。一つ手で髪を(ひるがえ)させて、自動車へと乗りこんでいきます。


「帝大の学生さんでも、お嬢様の前では形無しですな」


 運転手は漏らして運転席へ乗り込みました。銀之助は頭の裏を掻いて、逆方向へと回り込んで乗り込みます。






 女学院で縁を降ろした自動車は、次に東京帝国大学医学部に到着致しました。


「ありがごうございました」


 一礼する銀之助の(こうべ)が上がるのを待ってから、車は発進しました。

 鉄門を潜って広い中庭を通り過ぎ、増改築の繰り返された校舎の入り組んだ通路を行き、銀之助は目当ての講義室へと足を踏み入れたのでありました。






 講義は午前で終わり、本日は足を伸ばして縁の女学院のある方角へと足を向けております。途中出汁と醤油の匂いに誘われ、一見の蕎麦屋へと入ったのでございます。


 蕎麦を三杯食べ終えて、銀之助は再び帝都を歩いて行きます。途中ですれ違った学友と時折会釈を交わしておりました。


 女学院まで着くと、守衛室の中にいる守衛に声をかけております。


「こんにちは」


「ああこんにちは。今日は早いね」


 老齢の守衛が銀之助を招き入れます。椅子を勧められて座ると、椅子から嫌な音がいたしました。半ば空気椅子のような形で留まっております。


「はいお茶」


「ありがとうございます」


 縁の飛び降り以来、銀之助と運転手は縁の送り迎えをしております。その折知り合ったのが、この老齢の守衛でございます。


「これで私の今日の仕事はお終いだ」


 申して守衛は本を手に取り読みだしております。


 苦笑している銀之助は、守衛に代わって窓から見える人の通りに目をやっていたのでございます。






「さようなら。あら? 今日もこちらにいらしたのね」


「はい。行きましょうか」


 舟を漕いでいる守衛を起こし、銀之助は縁と連れ立って門へと歩いて行きます。


「本日の学校は如何でしたか?」


「別段変わりはありませんわ。銀之助さんは?」


「特にこれと言って」


 送り迎えと申せば聞こえは宜しいですが、実際のところは監視でございます。廃ビルに立ち入るという愚行を犯した縁を一人にしないためでございました。


 門の外には運転手がおり、紫煙を燻らせておりました。

 銀之助は言おうか迷い、結局は申せませんでした。


「煙草は体によろしくなくってよ?」


 代わりに飛び出してきた受け売りの言葉に、銀之助は苦笑交じりでございます。


 それぞれが自動車に乗り込むと、ゆるやかに発進致しました。






 家まで帰ってくると、銀之助は手荷物を私室へ置き、早速離れに向かって電鈴(でんれい)を鳴らしたのでございます。


 しかし、本日は反応がございません。

 留守にしているのかと思い、銀之助は私室へと戻っていくのでございました。

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