源三郎・四月一九日
当面の脅威は排除できたと、ある種の達成感を得た源三郎は、足早に帰途についておりました。
屋敷の前までくると、いつもより灯りが多く灯っておりました。先の爆音のためでしょう。
潜むようにして離れへと向かいましたが、
「源次郎さん」
銀之助に呼び止められたのでございます。
「すごい音がしましたね。どこでしょうか?」
「さぁ?」
「こんな夜更けにどこに行ってたのですか?」
「子供には関係ないところだよ」
「随分汚れているようですが」
薄暗い中でも、源三郎の衣服に付着した土汚れは目立っておりました。
「ちょっと転んだんだよ」
多少は得心がいった様子でいた銀之助は、すぐさま顔を不満気にしております。
「僕は子供ではありません」
「学生のうちは子供だ。自分で稼げるようになってからが大人だ」
「源次郎さんだって稼いでいないじゃないですか」
「男はずっと子供なんだよ、俺は特にな」
申して逃げるように離れの敷居を跨いだのでございます。
余った化合物を仕舞った三つの酒瓶の蓋を確認し、薬を飲んでから源三郎はベッドに体を横たえました。
日が昇る頃に起こされた源三郎は、不機嫌そうに武道袴を着ております。
「まだ眠いんだが」
薬が体に残っております。取っ組み合いなどしとうございませんでした。
「そういえば、睡眠障害を患っていると伺っていました。悪いことを致しました」
謝る銀之助に、源三郎は申します。
「なら寝てもいいか?」
体がふらついておりました。銀之助は暫し思案した後に、
「はい、起こしてしまいすみませんでした」
申して頭を下げております。源三郎は振り返って手を振っておりました。
「昨日の夜のことなのですが」
銀之助が申しております。
「貴方が関わっているのではありませんか?」
「どうしてそう思う?」
気だるげに振り返っておりました。薬剤により目が据わっております。その様子を観察するようでいた医学の徒である銀之助は、続けてこう申しました。
「貴方の部屋からはずっと何かを擦り続けるような音がしていました。何かしらの物体を削っているような音でした。恐らくは火薬の調合をなさっていたのではありませんか?」
「違う」
源三郎の思考は自白剤を飲まされたかのように胡乱でございました。
「ではなにをしていたのですか?」
「鉱物を削っていた。ひたすら」
言ってもわからないだろうと高を括っておりました。
「なんのために?」
「必要だったからだ」
「どう必要だったのですか?」
「燃やし尽くすために」
「何を?」
「怪物を」
銀之助は目を瞠っておりました。
「本当に?」
「ああ、嘘だと思うか?」
銀之助は判断がつかない様子でおりました。恐らく平常ではない状態にある源三郎の言に惑わされるばかりでございました。
「……爆発音は、その際に発生したものですか?」
「いいや」
まるで意味が解りませんでした。銀之助は匙を投げたのでございます。
「わかりました。おやすみなさい」
去る背中を見送り、暫し考え込むのでございました。
中庭には、縁の姿がありました。
「おはようございます」
「おはよう」
これも日課に近しい行いでございました。ですが源三郎は、可能な限り縁と接触しようとは致しません。
「今日のお稽古は如何でしたか?」
「汗をかいた。近寄るな」
汗などかこうはずもございません。
「別に臭いませんけれど」
「近寄るなと言った」
取り付く島もありません。
ふらつく足取りで離れへと向かう源三郎の背中を、縁は物憂げに見送るのでございました。
昼頃に起きた源三郎は、離れの部屋でトレーニングをしておりました。充分に汗を掻くと手拭いで拭い、一階の洗濯籠の中へ放り込みました。
源三郎は図書室で洋書を読み耽っておりました。
「熱心ですね」
間近で聞こえた金之助の声に、驚き飛びあがらんばかりでございました。
「失敬、邪魔をしてしまいましたね」
申して金之助は書棚に手を伸ばしております。
源三郎は、久方ぶりに自らの心臓が激しく脈打つのを感じておりました。
「ここでの生活には慣れましたか?」
数冊の本を抜き取っております。
「お陰様で、不自由なく過ごせています」
「それは良かった。それではご機嫌よう」
立ち去る金之助に、今のやりとりは一体何だったのかと意図が掴めないでいる源三郎でございました。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
女中に頭を下げた源三郎は、一人廃ビルを目指しておりました。
廃ビルの周辺には野次馬と警官らがおり、近づくことができません。
しばらく様子を窺い、得るものはないと判断すると、ふらりと街へと繰り出したのでございます。
純喫茶で紅茶を頼み、待っておりました。
やがて運ばれてきた紅茶の香しさに、かつて自分の面倒をよく見てくれた、英国の特殊空挺部隊に所属していた、同僚にして友人であり師匠でもあった人物の姿を思い返しておりました。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
やや陰鬱な気持ちを引きずったまま、源三郎は離れの部屋へと向かっております。積み上げられていた物質は、もう全て片を付けておりました。




