源一郎・四月一九日
草薙一家の屋敷へ戻った源一郎は、門扉を照らす灯りに安らぎを覚えておりました。些か憔悴しております。
「先生、どんな運びで?」
源一郎の帰りを待ちわびていたのか、照国は一も二もなく尋ねました。
「恙なく。ただもう死体の処理には使えなくなっちゃいました」
頭を下げる源一郎の謝罪は、本来詫びるべき相手に謝罪の意を示せないが故の代替行為でございました。
「どういうことで?」
「怪物は両方とも、少なくとも暫くは出てこれないということです。巣穴を崩落させました」
「道理で。さっきの音はそういうことでやしたか」
「疲れています。風呂には入れますか?」
「用意させやす」
五右衛門風呂に身を沈めると、疲労だけが溶け出して、心痛は胸の奥に留まり続けておりました。
(おつるさんにどう説明すりゃいいんだ)
解答も見つからないまま風呂から上がりました。
「先生、哲のやつを知りやせんか?」
風呂上りの源一郎を呼び止めたのは照国でございます。顔は僅かに強張っており、切迫した様子が伺えます。
「知らないですけど」
一挙手一投足を見逃さぬような眼差しでございました。
「会ってやせんで?」
「会うとは?」
源一郎が哲郎を見かけたのは、昨日の夕方に照国と捨吉と談笑しているのが最後でございました。
「……わかりやした」
言い捨てるように申して背中を向けたのでございます。
(なんだ?)
釈然としない思いを抱えながらも、源一郎は寝床へと足を運ぶのでございました。
心労は薬が和らげてくれ、それほどの時間を要さずに源一郎の意識は夢の彼方へと逃避したのでございます。
照国と武雄が声を忍ばせ会話をしておりました。
「哲郎のやつが帰ってきやせん」
顔には懸念が浮かんでおります。
「先生にバレて殺られたのか?」
「それが、そうでもないようでやして」
歯切れの悪い照国に、武雄はその未熟さを憂いておりました。
「朝になったら帰ってくるかもしれねえじゃねえか。色街にでも繰り出してるかもしれねえ」
「それは確かにありえやすが。あんな派手な音を立てておいて、報告にも戻らねえなんてこと、ありやすかね?」
「考えてもどうにもならんだろう。万が一哲郎になにかあったとして、お前さんはどうするんだ? 仇討ちでもするってのか?」
言葉に詰まる照国を諭すよう武雄は申します。
「こんなことは一々口に出すもんじゃねえが、お前は余計な荷物を抱えすぎる。出来事ってのは人間一人でなんとかできるもんじゃねえんだ。
人間一人じゃどうしようもねえ。だから俺は一家という群れを作った。お前も将来この組を背負うつもりなら、細かいことに逐一気を遣るんじゃねえよ」
「ですがあいつは弟分でやす」
食い下がる照国に、武雄は肘置きを投げつけました。さほど威力の伴わなかったそれは照国の手によって遮られ、畳の上へと落ちていきます。
「てめえの稼業はなんだ? 極道だろ。好き好んで切った張ったの世界に飛び込んでおいて、今更たかが弟分ひとつにがたがたぬかすんじゃねえ!」
「へい」
可愛い弟分を『たかが』と断じられて、照国の胸中は穏やかではいられませんでしたが、それでも親は絶対でございます。これ以上歯向かうことなど不可能でございました。
「先生と哲郎、比べてもみろ。医者とドジな下っ端と、どっちが組にとって有用だ? そういうところがお前さんは至らねえんだよ」
返す言葉はございませんでした。




