源一郎・源三郎・四月一八日・二
暗闇に状況がわからずにいた源一郎は、行動することを躊躇っておりました。源三郎はどうしたのか、死んだのか、にしてはそれらしき音もしない。化け物の足音と、液状のものが撒き散らされるような水気を帯びた音ばかりでございます。
どうしようかと迷っていた源一郎の耳に源三郎の声が届いて参りました。
『火炎瓶、当てろ!』
言いしな源三郎は懐中電灯で化け物を照らしながらすれ違っていきます。
源一郎はダイナマイトを置き、火炎瓶に火を灯し、投げております。奥へ外れて撒き散らされた炎が化け物の全貌を詳らかにいたしました。
「え、う、しゅぶ、にが、あ、す、んが、りら、ねぶ、しょごす」
無数の口が、てんでバラバラに詠唱を捧げております。
『落ち着け。一番でかい口に食わせるだけでいい』
なかなかの無茶を申しております。
次の瓶に火を点け投げます。今度は命中し、化け物の数多くあるうちの歯の一つに噛み砕かれました。源三郎の用意していた化合物まで口にしていたのか、はたまた源三郎が突っ込んだのか、化け物は途端に爆発を伴って白い炎を上げて燃え盛っております。
先程までの静寂が嘘のようでいる地獄めいた光景に、源一郎は慌てて目を反らし、明滅する視界でダイナマイトを拾い上げながら源三郎の後を追っております。
化け物は強烈な眩さで燃焼し続けており、さながら派手な花火のようでございました。現代においても溶接技術として使われるそれは、化け物の体を光で包み、内からも激しく焼いております。口から口へと延焼していき、滴っていた緑色の雫も触れた傍から一瞬で蒸発させ続けました。
「どけ! 邪魔だ!」
源三郎の怒号が前方より聴こえて参りました。源一郎には内容までは聞き取れずにおりました。それよりも、暗闇から一転して灼熱の炎を目にしたことよって焼け付いた瞳の異常に気を取られております。
ドスで付けた跡を手で触って確認しながら源一郎は逃走致します。
(長い)
この洞窟は、こんなにも長かったでしょうか。源一郎は自らが正しい道順を追えているのか、迷ってしまったのではないかと不安に駆られておりました。
安堵したのはこちらを振り返っている源三郎の姿を目に止めたからでございます。
しかしすぐにそれは疑問に変わります。この洞窟の狭さでは、源三郎がそこに陣取っている以上先に進めないからでございます。
『ダイナマイトだ』
「え?」
『ダイナマイトだっつってんだろ! 寄こせ!』
ひったくるようにして奪った源三郎は、導火線に火を点けて源一郎の後方へと放り投げたのでございます。導火線の光が、ついてきていた怪物の姿を一瞬照らし出しております。行く先を失った怪物は、三又の道の奥へと獣のような姿勢で逃げて行きました。
『走れ!』
言い終え駆ける源三郎の後に続いたのでございます。
耳を聾さんばかりの爆音と振動が、夜の帝都を揺るがしました。
先程までの地下の一室で、息を整えながら源一郎は申します。
『ここで殺されるかと思ったぞ』
源三郎は平板に返すのでございます。
『そんな真似はしない。それより早く立ち去ったほうが良い』
ふと、源一郎はツルの旦那、犬のような怪物のことを思い出しました。
『あの怪物はどうした?』
『知らない』
源一郎は怒りに任せて源三郎の胸倉を掴んでおりました。
『お前、元から殺す気だったんだろ!?』
『知らないと言ってる』
腕を外された源一郎は、嘆くよう申します。
『人間に戻れたかもしれないじゃないか』
『戻れない。あれはグールって生き物らしい、元々人間じゃなかったんだよ。
ちなみにでかいのは森の怪物。ものの本で読んだ』
どこまでも平静でいる源三郎こそが化け物であると源一郎には思えました。
『子供もいつかああなるぞ』
堪らず怒鳴ったのでございます。
『お前になにがわかる!?』
『わからないよ、何もな』
『……お前は俺とは違う。別物のなにかだ』
『いいから逃げるぞ。人が来るかもしれない』
申して二人は立ち去ったのでございます。




