源一郎・源三郎・四月一八日・一
深夜、廃ビルで落ち合った源一郎、源三郎らは地下の一室にてお互いの持ち物を確認しあっておりました。源一郎はライターも用意してあります。手抜かりはないようでございます。
『アイツが前と同じ状況だったらという前提ではあるが』
源三郎は申します。
『俺がコレをやつにつける。そしたら火炎瓶を投げろ。分かってるとは思うがくれぐれも見るんじゃないぞ。目を焼かれる』
『わかってるよ』
『で、逃げる。俺が先で、お前が後だ。良いな?』
後から火炎瓶を投げるのですから、自然なことでしょう。殿は任されたと源一郎は首肯しております。
『でもダイナマイトはどうするんだ?』
『不測の事態の備えになる。どうにかなったら御の字だし、どうにかならなかったら死ぬだけだ』
源一郎が申します。
『どうにかすればいいだけの話だな。今まで通りだ』
『じゃあ行くぞ』
机をどかし、化け物の巣穴へと続く洞窟の入り口を開いたのでございます。
いきなり飛び出してきたのはグールという名の怪物でございました。
「今日はエサはないんだ。我慢してくれ」
これまでにもそのような日はございました。怪物は再び先導するよう前を行きます。
『ペットか』
『可愛いだろ?』
『ぬかせ』
怖気を振り払うような軽口を置き去りに、二人は再度洞窟の中へと侵入していきました。
増えた人骨を踏み砕きながら斜面を下りていきます。洞窟には一見して二週間前に見た時とその程度にしか変わりはなく、変化があったことといえば、源一郎も懐中電灯を手にしていることと、お互いに風呂敷を担いでいるため時折引っ掛かってしまうことでございましょうか。
(まるで異世界へ続く道だ)
源一郎は、そのようなことを考えておりました。
『なぁ、二〇一一年の五月二日を覚えているか?』
脈絡もなく源三郎が問うておりました。
『は? なんだよ急に』
源三郎は、それ以上は語ることはないとばかりに黙しておりました。
源一郎は訝りながらも歩みを進めます。
地上には帝都があり、しかし距離としてはさほど遠くない位置にある地下を根城としている名状し難き化け物たちがいて。人々はその存在を信じず、あまつさえ娯楽として楽しみながらも日々の生活を送っている。日常など、一皮でも剥けようものなら容易く壊れきってしまうというのに。
現実離れしたこの道の先に、うっかり元の世界でもないだろうかと。そうすれば全て元通りで、血生臭く意義もない、しかし生の実感のある現実へと戻れるというのに。
源一郎は自らが国を出た経緯を思い出しかけ、振り払うのでございました。
(思い出は思い出だ。何の足しにもならない)
何故自分はこのようなことをしているのか。仕事でもなく、誰に頼まれたわけでもなく。
(そうだった、アイツだ)
ここのところ姿を見せない褐色肌の少年の姿を幻視しておりました。
切った張ったの世界に身を置く筋ものたちはともかくとして、長屋の住人達になにかあってはことでございました。源一郎は自分の中でそれだけを理由にすることにして、行軍を続けたのでございます。
生物の細胞が微生物によって分解されていく臭気漂う空間の前で二人は足を止めております。
「え、う、しゅぶ、にが、あ、す、んが、りら、ねぶ、しょごす」
ひび割れた悍ましい祝詞のような化け物の声が、暗闇の中を反響しております。
源三郎の気配が消えました。化け物の近くへ忍び寄っております。
源一郎は風呂敷を広げると、音を立てぬよう火炎瓶とダイナマイトを取り出しました。
「え、う、しゅぶ、にが、あ、す、んが、りら、ねぶ、しょごす」
化け物の祈りを背景に、源一郎は気が気ではございませんでした。
それと同時に疑問もございました。どうして源三郎はあんなにも普段通りに動けるのかと。人や兵器が相手ならまだわかります。しかしこのような未知の化け物を前に、何故かように平然としていられるのか。それが源一郎には解せませんでした。
自らと源三郎の違いとは一体何なのかと思いを馳せたとき、三つあるうちの火炎瓶の二つがかち合い音を立てました。
化け物の雄叫びが暗闇を支配いたしました。まるで自らの領域に訪れた侵入者を威嚇し、そして歓迎するようでいるその声は、歓喜に満ちたものであるかのように響いておりました。




