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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通


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源一郎と源三郎・四月四日・一

 夜半過ぎ、家屋を静かに叩く音に目を覚ました源一郎は、銃を取り出し戸に近づき呟いております。誰何(すいか)に応えたのは、

『俺だ。生きてるか?』

 数日前に聞いた、源三郎の声でございました。鍵を開けて招き入れます。

『多分な。どうした?』

 後ろ手に戸を閉めた源三郎に問うております。懐中電灯の光が一瞬顔を掠めて怯んでおります。

『来てほしいところがある。それを付けてついてきてくれ。武器の類も忘れずにな』

 光で黒いマスクを指し示し、源三郎は申しました。

『ホントに英語喋ってら』

『お互いにな』

 源一郎は奥の部屋の三人の寝姿を確認してから源三郎に続きました。


『良い物持ってるわ、良い暮らししてるわ、ずるいわー』

 源一郎は黒い武道袴に黒いマスク、源三郎はこれまでとは異なる黒の洋装に、これまた黒い中折れハットを目深に被っております。同じ顔とは思われないことでしょう。

 まだ深夜の帝都の道すがら、二人は情報交換をしておりました。

 源一郎は闇医者をしていること、運ばれてきた患者の一人が廃ビルで怪物に襲われたということを。源三郎は化け物に追われて飛び降りた少女を助けてその家で厄介になっていること、飛び降りた廃ビルを昼間見物してみれば、実際に化け物と遭遇したことを申し述べました。

 二人の当座の目的地は一致しておりました。

『少女ってのはいくつくらいの?』

『まだ子供だ』

『将来可愛くなりそうか?』

『……多分な』

『ずるいわー』

『婚約者がいる。どの道子供をそういう目で見ないだろ』

『そりゃそうだけどよ、こっちは野郎ばっかりでむさ苦しいったらないんだよ』

 時刻は午前一時過ぎでございます。人通りのまばらなドヤ街は、宿泊所の眩い明かりやカフェの灯りが街を彩る一方で、裏路地は深い夜闇が支配しております。

 酔っ払いでしょうか。千鳥足の男性の肩が源三郎の腕に当たりました。

「いってーじゃねーか!」

 二人は一時顔を見合わせ、無視して歩を進めたのでございます。酔っ払いの足取りでは追い付けぬほどの早歩きでございました。


 目抜き通りへと出ております。喧騒に置いて行かれた路面電車の線路が侘しく佇んでおります。夜に抗うのは、いくらかの人とガス灯だけでございました。

『ここか』

 夜のビルは寒々しさを増しており、中からは微かな腐敗臭が漂っておりました。

『いるな。武器は?』

『ドスと拳銃と安全靴』

『俺は拳銃と安全靴と懐中電灯。先を頼む』

 斥候を任された源一郎は、左手にドス、右手に銃の構えでございました。ドスの底部には小指が添えられております。

 源三郎によって後ろから照らされる光に導かれて、足音を立てずにゆっくりと歩を進めております。屋内はより濃く闇が広がっており、光源がなければ一寸先も見えない状態にございます。源一郎が気を配るべきところにすぐさま光が差し込み、阿吽の呼吸でございました。

 机の影、入り口から見て死角にある位置に、固く閉ざされた鉄製のドアを見つけました。音をたてぬよう緩やかに開けると、地下への階段がそこにはございました。

 階段を下りるほど、腐臭はより濃くなっております。

 階段を下りる途中、源一郎はドスで源三郎を示しました。それからドスを上に上げます。『止まれ』のサインでございました。源一郎は階段の下へと銃口を向けながらそこへ近寄り、足元を指し示しております。銃口の行く先を追いながら、源三郎は隣に並びます。

 二人の足元には乾いて赤茶びた血痕がございました。這いずるように擦られた血痕は、地下階段の先、暗闇の中へと伸びておりました。

 階段を下りきると、直線には突き当り。途中左右に廊下は伸びており、十字路の構造となっております。それぞれに部屋の入口と思しき扉があり、全体の構造としては正方形を四等分したような形に近くあります。

 階段を下りきった足元には、大量の血溜まりの跡がございます。照国はここで襲われたのでしょう。水滴状になった血の跡は、十字路へと続いております。

 警戒しながら十字路まで赴くと、足元には夥しい量の血溜まりと肉片がございました。こちらは乾いておりません。

 負傷した人一人を引きずったような新鮮な血痕が、突き当り奥の左の部屋へと続いております。動物が餌を食べる際に発する呼吸音と咀嚼音(そしゃくおん)が聞こえておりました。

 源三郎は懐中電灯を服へと向けて明かりを消しております。音のする部屋の入口へと、慎重に足を運びます。

 源一郎はドスを仕舞って扉の角に陣取り膝立ちになります。源三郎はその奥へ忍び、顔を合わせます。音は続いたままでおります。

 頷くと同時に源三郎は部屋の中を照らし出しました。

 その怪物は、部分的には疑いの余地なく人間らしさを漂わせております。頭部にはだらしなく頭髪がぶら下がっており、間から動物めいた耳らしき部位が突出しております。その面様(おもよう)は血に(まみ)れたの顎のない犬のようであり、前かがみで背骨の浮かんだ胴体は奇形も(はなは)だしく、ボロの着流しを羽織っていればこそ、元は人間だったろうことを窺わせます。口には途中から食い千切られた人間の腕を咥えており、傍らには成人と思しき人骨がバラバラになって打ち捨てられております。

 懐中電灯の光に照らし出されたのと、その怪物が振り返ったのと、源一郎が発砲したのは同時でございました。六発撃ち終えると源一郎は排莢(はいきょう)し装填しております。今度は源三郎が半身を乗り出して弾丸を見舞っております。

 源三郎が三発ほど見舞った時、甲高く早口で平板(へいばん)な言語のようなものが聞こえてまいりました。

「ウタネエデクレ、ウタネエデクレ、ウタネエデクレ」

 撃たないでくれ、と申しているよう二人には聞こえました。

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