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無貌の神の転移奇譚  作者: 小峠 通


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源一郎と源三郎・四月四日・二

 源一郎は薬莢(やっきょう)を回収し、源三郎は念のため装填しながら部屋の中へと足を踏み入れます。

「撃たないでくれ、と言ったのか?」

 問うたのは源一郎でございます。

「ソウダ、ソウダ、ソウダ」

「言葉がわかるのか?」

「ワカル、ワカル、ワカル、ウタネエデクレ」

 知性もあるようでございます。

 怪物は口の周りこそ血塗れでございますが、敵意の類は感じられませんでした。

 警戒を保ちながらも、腐臭が源一郎の鼻を(つんざ)きます。込み上げる胃液をなんとか押しとどめながらも怪物と意思の疎通を図りだしました。


 怪物から、元々は人間だったこと。ある日急に体が変異したこと。この部屋の奥にある隙間に穴を掘り、昼間はそこで暮らしていること。家族に会いたい(むね)を聞き出すことができました。


「クウ、クウ、タベタイ、タベタイ」

 取りこぼした腕を眺めております。

『殺そう』

『待て』

 制止したのは源一郎でございます。

 ある予感がございました。直感的に、物事の要素要素を関連付けてしまったと申し上げて良いでしょう。

「家族の名前は?」

「ツル、ツル、アイタイ、アイタイ」

『最悪だ』

 源一郎は銃口を降ろしております。

『知り合いか?』

『世話になってる人の旦那だ、多分。子供もいる』

 それきり黙ってしまった源一郎を捨て置き、源三郎が申します。

「ここにいるのはお前だけじゃないな?」

 昼間に見た異形と目の前の怪物とは異なっておりました。

「ヨナカ、オレ、ヒルマ、アイツ」

 怪物は言葉を繰り返しております。

「『森の怪物』と呼ばれるものか?」

「シラナイ、シラナイ、イル、イル」

『おい』

『……なんだよ』

『別のやつがいる。俺が見たのはそっちだ。昼間はそいつが動いてるらしい』

『手に負えねえよ』

 へたり込んで項垂(うなだ)れております。

『気を抜くな、人食いの化け物の前だぞ』

『お前は良いよな、関係ないから。こっちは知ってしまった以上知らん顔はできないんだぞ』

『こいつを殺さないのか?』

『殺せない』

『この手の怪物をどうすれば殺せるのか試したいんだが』

『やめろ』

 暫し思案した後、源三郎も銃口を降ろしました。

『もう片方の怪物はどうする?』

 源三郎は怪物にも語り掛けます。

「お前と昼間のアイツは仲間なのか?」

「テキ、テキ、クワレル、ニゲル、ニゲル」

『だそうだ』

『……そいつは殺す』

『どうやって? 火力が足りないぞ』

『ダイナマイトなら、用意できそうだ。それで死ぬとも思えんが』

『時間があれば、こっちでも似たような物は用意できる』

『なんだ?』

『俺ならわかるだろ?』

 ああアレか、と源一郎は得心致しました。

『長い導火線が欲しいな』

『ダイナマイトと一緒に用意できると思う』

『なら頼む。あとは』

 源三郎は怪物を見据えて申します。

「アイツは今はその中に?」

「イル、イル」

 二人は怪物の掘った巣穴を見やったのでございます。




 巣穴の中は源一郎達では一人ずつしか通れないほど狭く、また真っ直ぐ立てないほどの高さでございます。

「ここからは喋らなくていい」

 先導する怪物に源三郎は申しました。

「ワカッタ、ワカッタ」

 漆黒の洞窟を照らす光源は懐中電灯の灯りのみでいて、腐臭と土の匂いに混じって時折砂塵(さじん)の臭いが鼻を()きます。

 時折無造作に落ちている人骨と思しき骨に足をとられながらも下っていくと、程なく最初の三差路に行き当たりました。自分達以外に発する音はございません。

 最後尾を行く源一郎は、地底人でもいそうだ、などと気の抜けたことを考えておりました。

 分かれ道の度、源一郎はドスで印をつけておりました。

 分かれ道を五度やり過ごした頃、止まれの合図がございました。空気が変わっておりました。タンパク質の分解により発生する濃厚な死の香りと、馬のような大きな生物でも(うごめ)いているような気配がいたします。

 前には開けた空間が広がっているようですが、源三郎が明かりを伏せているため判然といたしません。

 源三郎は自身を僅かに照らし、自分、そしてその先を指で指し示しました。

 電灯が、ゆっくりとそれに向けられていきます。

 四つ足で黒く、山羊のようでいて緑色の粘液を滴らせている足を持つそれは自分達と同じような大きさで、太い樹木を思わせる体には数多くの口があり、その上に無数に生える枝のようでいて巨大なイソギンチャクめいた触手が鎮座(ちんざ)しております。緑色の粘液は、体に大小さまざまに備わった口の群れから垂れているものでございます。寝ているのか、それとも何かに祈りを捧げているのか、激しく動く様子は見受けられません。脈動(みゃくどう)するよう時折触手が蠢いているのでございました。

 唐突に明かりが消えました。

「え、う、しゅぶ、にが、あ、す、んが、りら、ねぶ、しょごす」

 降って湧いた暗闇と音に、途端に源一郎の全身から冷や汗が噴出しておりました。源三郎は再び自身を照らすと、口元の前で人差し指を立て、今来た方角を指し示しておりました。

 帰り道、行きがけにつけた印をより深く刻みながら源一郎は戻ります。生きた心地がしませんでした。早く地上へ戻りたいがために骨に(つまづ)くこともしばしばございました。酸素が薄いのか、息が上がっております。

 ()()うの(てい)で地上まで戻ってくると、肺の中へと大きく息を取り入れました。源三郎は長く曲げていた腰を伸ばして首を鳴らしております。

『俺が見たのはアイツだ。足はこのくらの遅さだ』

 自分で移動して見せております。

『ダイナマイトを使うなら、多分十秒くらいが限界だろう。遅すぎたら視認できず、早すぎたら巻き込まれる』

『爆発は上に向かうぞ』

『わかってるよ。でも当たらなきゃ意味がない。二十秒じゃ遅い。せいぜいが十五秒で限界じゃないか?』

 最初の分かれ道から、問題がなければ十秒もあれば二人の足ならこの入り口まで駆けてこれるでしょう。

『……わかった、十秒の長さで導火線を切る』

『こっちの準備は二週間は見ておいてくれ。多分それだけあれば作れる。そっちで火炎瓶もいくつか作っておいてくれ。

 二週間後の四月一八日、二四:〇〇時にここ集合だ』

 言って源三郎は怪物を睥睨致しました。

『言っておくが、こいつとあまり交流を持たないほうが良い。

 その上で言うが、なにかこいつに言っておくことは?』

 源一郎は怪物に目線を合わせて申します。

「エサは夜中に持ってくるようにする。もう俺達以外の人前に出てくるんじゃないぞ」

「ワカッタ、ワカッタ」

 残して怪物は巣穴へ帰っていくのでございました。

 源三郎は封印を施すように大型の木製机を巣穴の入り口へと押し遣りました。




 時刻はまだ深夜の三時ほどでございます。ツルの長屋を視界に収め、(かぶり)を振っておりました。

 帰宅した源一郎は、銃とドスを枕元に置き、再び眠る準備をしておりました。

「先生、お戻りになりやしたか」

 奥から照国が出て参ります。

 源一郎は、努めて平静を装って申し述べるのでございます。

「死体の処分に困ってはいませんか?」

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