第4話:絶対幸運の無双劇〜小石一つで神話級を蹂躙し、絶望する裏切り者を特等席で嘲笑う〜
薄暗いダンジョンの最深部。災厄の魔竜が巣食っていた広大な空間の奥には、長年誰も気づかなかった隠し扉が存在していた。俺、アレスは今、幸運の女神フォルトゥーナと共にその扉の先に広がる『真の未踏破エリア』へと足を踏み入れている。
かつてなら、こんな未知の領域に進むことなど考えられなかった。ザイードの我儘とリリアの文句に付き合いながら、常に彼らが死なないように俺の命を削って奇跡を起こし続けるだけで精一杯だったからだ。
だが今は違う。俺の隣には、圧倒的な美しさと神々しさを放つ幸運の女神が寄り添い、俺自身も寿命という枷から完全に解放された完全なる『因果律固定』の力を手に入れている。
「アレス、見て。この壁の装飾、神話の時代に作られたものだわ。あの愚か者たちは、目の前にこんな宝物庫への入り口があったというのに、ただの門番である魔竜を倒しただけで満足して帰ろうとしたのね」
「あいつらは目先の名誉と金にしか興味がなかったからな。それに、俺の力がなければ魔竜を倒すことすら不可能だったくせに、自分たちの実力だと勘違いしていた。壁の僅かな魔力の歪みから隠し扉の存在に気づくような観察眼なんて、最初から持ち合わせていないさ」
フォルトゥーナは俺の腕に柔らかい胸を押し当てながら、クスクスと楽しそうに笑った。彼女の金糸のような髪から漂う天界の花のような甘い香りが、ダンジョンの淀んだ空気を瞬時に浄化していくようだ。
この真の未踏破エリアは、魔竜すらもただの露払いに過ぎなかったと思わせるほど、濃密な魔素で満ちていた。空間そのものが歪み、普通の人間なら足を踏み入れた瞬間に呼吸ができなくなり、肺が破裂しそうなほどのプレッシャーが漂っている。
しかし、俺には何の苦痛もない。俺の『奇跡の発生率100%』という因果律固定が常時発動しているため、俺に害をなす一切の事象が自動的に弾かれているのだ。
有毒な瘴気は俺の顔の数センチ手前で『偶然』発生した微気流によって吹き飛ばされ、足元に巧妙に仕掛けられた致死の魔法陣は、俺が踏む直前に『たまたま』魔力切れを起こして消滅する。
「本当に何もしなくても、勝手に道が開けていくんだな。今までの俺の血を吐くような苦労は一体何だったんだろうって思えてくるよ」
「あなたは十分すぎるほど苦労したわ、アレス。誰からも感謝されず、命を削って彼らを守り続けた。これからは、世界そのものがあなたに奉仕する番よ。あなたはただ、心の赴くままに歩みを進めるだけでいいの」
フォルトゥーナの優しい言葉に、俺は深く頷いた。
長くて広大な通路を抜けると、巨大な地下神殿のようなドーム状の広間に出た。そこには、先ほどの魔竜を遥かに凌ぐ、絶望的な威圧感を放つ魔物たちが群れを成していた。
全身が青白く燃え盛る炎で構成された精霊王、硬度を誇るミスリルすら容易く引き裂く鋭い爪を持った漆黒の魔界獣、そして空を悠然と舞う四つ首の巨大なキメラ。どれもが一匹いるだけで一国を滅ぼすレベルの、文字通り神話級の魔物たちだ。
「さあ、お出ましだ。アレス、どうする? さすがのあなたでも、少しは魔法の一つくらい使うかしら?」
「どうするも何も、ただ道を開けてもらうだけさ。俺の服を汚したくないしな」
俺は腰に差した剣を抜くことすらせず、その辺に転がっていた手頃な小石を一つ拾い上げた。
そして、群がる神話級の魔物たちに向かって、まるで水切りでもするかのように、無造作にその小石を投げつけた。
何の魔力も込めていない、ただの子供の石投げだ。
だが、その小石が手から離れた瞬間、世界の理が捻じ曲がった。
ピュン、と風を切って飛んだ小石は、まず最前列にいた炎の精霊王の核である『魔石』の表面に『たまたま』存在していた、目に見えないミクロのひび割れにピンポイントで直撃した。
パキンッ! という甲高い音と共に、絶対に破壊不可能と言われていた精霊王の核が粉々に砕け散る。
断末魔の叫びを上げる間もなく、炎の巨体は瞬時に霧散した。
それだけでは終わらない。
核を貫通した小石は『偶然』絶妙な角度で壁の鉱石に跳ね返り、凄まじい速度で軌道を変えて漆黒の魔界獣の眉間に深々と突き刺さった。獣の脳髄を破壊した小石はさらに跳弾し、天井から垂れ下がっていた巨大な鍾乳石の根元を正確に打ち砕いた。
ゴゴゴゴゴォォォォッ!!
根元を破壊された重さ数十トンの鍾乳石が、真下で空を舞っていた四つ首のキメラの真上に『奇跡的なタイミング』で落下する。
グチャリ、という湿った音と共に、神話級の魔物たちが一瞬にして全滅した。
俺がやったのは、ただ小さな石ころを投げただけだ。
あとは『因果律固定』が、俺にとって最も都合の良い結末――敵の全滅――を、100%の確率で引き起こしてくれたのである。
「ふふっ、あははははっ! さすがは私の愛しいアレス! 世界の強固な物理法則すら、あなたの前ではおもちゃ同然ね!」
「ちょっとやりすぎたかな。でも、これなら疲れることもないし、魔物の返り血で靴が汚れる心配もない」
俺は呆気にとられるというより、もはや清々しいほどの全能感に包まれていた。
かつては、ザイードの適当な一撃が当たるように、俺は奥歯を噛み砕くほどの激痛に耐えながら因果を操作していた。リリアの稚拙な魔法が敵を倒せるように、己の血を吐きながら世界に干渉していた。
それがどうだ。今は何の代償もなく、ただ息をするのと同じように、小石一つで神話級を滅ぼす奇跡が起こせる。
これこそが、俺が本来持っていた力の完全な姿だったのだ。
ザイードのような無能な寄生虫に力を吸い取られていなければ、俺は最初からこのレベルの神の如き力を行使できたというわけだ。
魔物たちが消滅した跡には、眩い光を放つアイテムの山が残されていた。
通常のドロップ確率は0.0001%以下と言われるような超神話級のアイテムばかりだ。
「これは……どんな魔法も無効化する『神竜の逆鱗』に、山をも一刀両断する『星屑の魔剣』、それに『不老不死の霊薬』まであるじゃないか」
「あなたが望むなら、どんな宝物でも世界が勝手にあなたの足元へ運んでくるわ。ドロップ率なんて、あなたにとっては常に100%だもの」
俺は落ちている超レアアイテムを次々と魔法の鞄に放り込んでいった。
この中の一つでも王都に持ち帰れば、それだけで城が三つは建つほどの莫大な富を得られる。いや、もはや金銭などというちっぽけな価値基準に縛られる必要すらない。
俺は世界そのものを手に入れたも同然なのだから。
「アレス。この霊薬、私が飲ませてあげる」
フォルトゥーナが琥珀色の液体が入った小瓶を拾い上げ、自らの薄紅色の唇にその液体を含んだ。
そして、俺の首に柔らかい両腕を回すと、そのまま背伸びをして俺の唇を塞いだ。
滑らかな舌が俺の口内に侵入し、甘美な霊薬がゆっくりと注ぎ込まれていく。全身の細胞が歓喜の声を上げ、魂そのものが浄化されていくような圧倒的な快感。削られていた寿命が完全に固定され、俺の肉体が永遠の時を生きる神の領域へと昇華したのが分かった。
「ん……っ、ふぁ……どう? アレス。美味しい?」
「ああ……最高だよ、フォルトゥーナ。体が羽のように軽い。いや、それ以上にお前が甘くて、狂ってしまいそうだ」
「ふふっ、嬉しい。私はあなたのものよ。あなたの望むことは、なんだって叶えてあげるわ」
女神と熱い口づけを交わしながら、俺は深い優越感に浸っていた。
俺の人生はずっとどん底だった。裏方に徹し、誰からも感謝されず、最後にはゴミのように捨てられた。
だが、そのどん底があったからこそ、今この瞬間の圧倒的なカタルシスがある。理不尽に耐え続けた過去の自分が、最高の形で報われたのだ。
その時だった。
広大なダンジョンの底から、微かに、だがはっきりと、人間の悲鳴が響いてきた。
『ぎゃあああああああっ!! 痛い、痛いぃぃっ!! 俺の腕が、俺の腕があぁぁっ!!』
『いやあああああっ! 来ないで、こっちに来ないでぇぇっ!! 誰か、誰か助けてえええっ!!』
その声には聞き覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。俺を魔物の群れに突き落とし、嘲笑いながら見捨てたあの二人の声だ。
ザイードとリリア。
ダンジョンはすり鉢状の構造になっており、中層で起こった大きな音は、最深部へと反響して届くことがある。
あの二人は今、アレスという絶対的な保護者を失い、ただの無能な人間として確率通りの残酷な現実に直面しているのだ。
「あら、聞こえてきたわね。あの愚か者たちの断末魔が」
フォルトゥーナが俺の胸に頬を寄せながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「俺のバフが切れた結果を、存分に味わっているようだな。俺の耳まで届くほどの絶叫だ。よっぽど酷い目に遭っているんだろう」
「少し視てみましょうか。女神の千里眼を通して、彼らの無様な姿を。最高の特等席で、裏切り者たちの末路を見物しましょう」
フォルトゥーナが虚空に白魚のような指を走らせると、空間が波打ち、鏡のような映像が空中に浮かび上がった。
そこに映し出されていたのは、オーガ・ロードの巨大な棍棒によって叩き潰され、血まみれになって泥の中を這いずり回るザイードの姿だった。
彼の自慢の金髪は汚物にまみれてチリチリに焦げており、誇りだった白銀の鎧は原形をとどめないほどにひしゃげている。右腕はあらぬ方向に曲がり、恐怖と苦痛で顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしていた。
『た、助けてくれ……俺は勇者だぞ……神に選ばれた天才なんだ……こんなカビ臭い所で死ぬわけには……!』
彼から数メートル離れた場所では、リリアが腰を抜かし、自身の排泄物と腐ったヘドロに塗れながら泣き叫んでいた。
彼女の杖はすでに折れ、高価なドレスはボロボロに引き裂かれている。オーガ・ロードが彼女に狙いを定め、巨大な手を伸ばそうとしていた。
『ザイード、助けて! 私を助けて!! 運命の女なんでしょ!? 勇者なら、魔竜を倒した力でこの化け物を倒してよ!!』
『う、うるさいっ! お前が囮になれ! お前が食われている隙に、俺が逃げるんだ!! 足にしがみつくな、離れろこのクソ女!!』
『最低……! あんたなんか、アレスの足元にも及ばないただのクズよ!! アレスぅぅっ、助けてアレスぅぅっ!!』
死を前にして、二人はもはや互いを醜く罵り合うことしかできなかった。
愛も、信頼も、栄光も、すべてが俺の力の上に成り立っていた虚飾だったと、ようやく気づいたのだ。
だが、もう遅い。
彼らが自分たちの愚かさに気づこうが、後悔して俺の名前を叫ぼうが、俺が再び彼らに奇跡を与えることは絶対にない。
「滑稽ね。他人の力に寄生して得た偽物の天才が、メッキが剥がれた途端にこれよ。アレス、彼らを助けたいと思う?」
「まさか。俺はただ、あいつらが自業自得の結末を迎えるのを、こうして特等席で見物したかっただけだ。あいつらが泥水をすすり、這いつくばって絶望する姿は、どんな高級な美酒よりも俺を心地よく酔わせてくれるよ」
俺は冷ややかに映像を見つめた。
ザイードが命乞いをしながらオーガ・ロードの足元にすがりつき、あっけなく蹴り飛ばされて壁に激突する様。リリアが絶望の表情で化け物の影に覆い尽くされ、泥まみれになって泣き喚く様。
かつて俺に理不尽を押し付け、命を削る苦痛を強いた者たちが、今度は世界がもたらす理不尽な暴力の前に無残にすり潰されていく。
そこに一切の同情は湧かなかった。あるのは、すべての因縁を精算したという深い満足感だけだった。
俺は映像から目を逸らし、フォルトゥーナの柔らかな手を引いてさらに奥へと歩き出した。
「もうあいつらに用はない。俺たちの行先には、あんなゴミ共の存在は不要だ。これ以上見ていても不快なだけだしな」
「ええ、その通りね。さあ、行きましょう。このダンジョンの真の最奥、万物の根源たる『星の玉座』へ」
俺たちが歩みを進めると、眼前に巨大な黄金の扉が立ちはだかった。
本来なら、何百もの複雑な古代魔法陣を解読し、世界中に散らばる数多の鍵を集めなければ絶対に開かない封印の扉だ。
しかし、俺がそれに触れようとした瞬間。
『偶然』ダンジョン内の地殻変動が起き、その僅かな振動で扉の複雑な留め具が『奇跡的』に全て外れ、重々しい音を立てて黄金の扉が自動的に開け放たれた。
因果律固定。俺の前に閉ざされた道など、この世界には存在しない。
扉の先に広がっていたのは、満天の星空を空間そのものに閉じ込めたような、幻想的で美しい広間だった。
中央には、透き通るような水晶でできた玉座が鎮座しており、その上には世界を意のままに創り変えることができると言われる神造宝具『創世のオーブ』が静かに宙に浮き、神々しい光を放っていた。
「これが……この迷宮の真の宝か。魔竜なんか目じゃないほどの力を感じる」
「ええ。これさえあれば、世界中のあらゆる国も、莫大な富も、絶対的な権力も、すべてあなたの意のままよ。もちろん、私という幸運の女神も永遠にあなたのものだけどね」
フォルトゥーナが俺の後ろから抱きつき、背中に柔らかい感触を押し当てながら耳元で甘く囁いた。
俺はゆっくりと玉座へと歩み寄り、その手で『創世のオーブ』を掴み取った。
瞬間、圧倒的な光が俺を包み込み、世界中のマナが俺を新しい主として祝福するのを感じた。
ザイードとリリアが追い求めていたちっぽけな栄光など、今の俺が手に入れたものに比べれば、道端の石ころにも劣るガラクタだ。
あいつらは俺を追放したことで、自分たちの首を絞め、永遠の地獄へと堕ちていった。
一方で俺は、理不尽な枷から解き放たれ、絶対的な幸運と美しき女神、そして世界を統べる究極の力を手に入れたのだ。
「最高だな。俺の人生は、今日この瞬間から始まる」
「おめでとう、アレス。あなたはこれからの永遠を、私と共に至高のカタルシスの中で生きるのよ」
俺は水晶の玉座に深く腰掛け、フォルトゥーナを自分の膝の上へと引き寄せた。
彼女の柔らかな体を抱きしめながら、俺は天井を見上げた。この分厚い岩盤の遥か上には、俺たちを待ち受ける広大な世界が広がっている。
どんな困難も、どんな敵も、俺に指一本触れることはできない。
奇跡は常に俺と共にある。100%の確率で、世界は俺を勝利と幸福へと導き続けるのだ。
過去のどん底の不遇な日々が、今のこの圧倒的な逆転劇の最高のスパイスとなっている。
俺はもう誰にもへりくだらない。誰のためにも命を削らない。
ただ己の欲望のままに、この絶対幸運の無双劇を楽しみ尽くすだけだ。
「さあ、地上へ帰ろうか、フォルトゥーナ。俺たちの新しい世界が待っている」
「ええ、私の愛しい人。どこまでも、あなたについていくわ」
神々しい光に包まれながら、俺たちは微笑み合った。
遠くで微かに響いていた愚か者たちの悲鳴は、いつの間にか完全に途絶えていた。
静寂を取り戻したダンジョンの底で、俺は理不尽を完全に叩き潰した至高のカタルシスを胸に深く刻み込んだ。
逆転劇はこれにて完結だ。ここからは、俺と幸運の女神による、果てしなく続く至福の無双ライフが幕を開けるのである。




