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第3話:確率通りの地獄〜バフという名の補助輪を失った天才(笑)たちの無様な末路〜

視界を完全に白く覆い尽くしていた転移魔法のまばゆい光が収束すると、ザイードとリリアの体は、ドサリという鈍い音を立てて硬く冷たい石畳の上に投げ出された。


「はっはっはっ! やったぞリリア! 見たか、あの無能が奈落の底へ落ちていく時の、あの絶望しきった無様な顔を!」


ザイードは足元の砂埃を乱暴に払いながら、腹を抱えて下品な高笑いを上げた。

彼の自慢の金髪は災厄の魔竜との戦いで少し乱れていたが、その顔には底抜けの優越感と、すべてを自分の手柄にしたという歪んだ達成感が張り付いている。


「ええ、ザイード。本当にスッキリしたわ。これで私たちの輝かしい経歴に泥を塗る、薄汚い給料泥棒がいなくなったのね。あんな地味で陰気な男がいつも後ろに立っているだけで、私の美しいドレスまでカビ臭くなる気がしていたのよ」


リリアもまた、聖女とは思えないほどの下品な笑みを浮かべ、ザイードの逞しい腕に媚びるようにすり寄った。

彼らは今、人類未踏の最高難易度ダンジョンの最深部で、災厄の魔竜を討伐するという前人未到の偉業を成し遂げた。そして、ずっと目障りだった支援職のアレスを、口封じも兼ねて魔物の群れへ突き落とし、自分たちだけが安全圏へと脱出したのだ。

これですべての手柄は自分たち二人のものになる。王都へ帰還すれば、国王からの莫大な報奨金と、民衆からの熱狂的な歓呼、そして歴史に名を刻む永遠の栄光が待っているはずだった。


「それにしても、あのゴミ虫め。最後まで『俺のスキルがなければお前たちは』なんて泣き言をほざいていやがったな。俺のこの天才的な剣技と、お前の完璧な魔法が、あいつの地味な観測スキルのおかげだなんて、よくもまあ恥ずかしげもなく言えたもんだ。思い上がりも甚だしいぜ」

「本当に滑稽よね。あんな裏でコソコソ隠れているだけの男が、私たちの奇跡的な戦果に貢献しているだなんて。思い込みもあそこまでいくと哀れだわ。来世ではもう少しマシな頭に生まれてくるといいわね」


二人はアレスへの嘲笑をひとしきり終え、ようやくこれから始まる凱旋パレードに思いを馳せながら周囲の状況に目を向けた。

しかし、そこは彼らが想定していた王都の豪奢な神殿の転移陣ではなかった。

薄暗い松明の光がまばらに照らし出す、苔むした石壁。鼻を突く強烈なカビの匂いと、魔物の獣臭。

どう見ても、ここはまだダンジョンの中だった。


「……おい、リリア。ここは王都じゃないぞ。どうなっている? お前の転移魔法は完璧だったはずだろう?」

「えっ? お、おかしいわね……。魔力は十分に込めたし、座標の指定もいつも通りに完璧にやったはずなのに……」


リリアは焦ったように自身の杖を見つめ、何度も振ってみせた。

今までの彼女の魔法は、どれほど詠唱が適当であろうと、どれほど魔力の練り上げが甘かろうと、常に『完璧な結果』をもたらしていた。それはすべて、アレスが己の寿命を削って『魔法成功率100%』という因果律を固定していたからに他ならない。

しかし、今はもうその絶対的なバフが存在しない。リリアの本来の三流以下の魔法制御力では、最深部から王都までの超長距離転移など成功するはずもなく、ダンジョンの中層付近で無様に不時着してしまったのだ。


「ちっ、まあいい。魔竜との激戦で少し魔力が乱れていたんだろう。神に選ばれた天才の俺たちといえど、疲労には勝てないからな。ここからなら、歩いてでも地上に出られる距離だ」


ザイードは一切自分たちの実力不足を疑うことなく、都合よく解釈して鼻を鳴らした。


「ご、ごめんなさいザイード。でも、次は絶対に失敗しないから」

「気にするな。俺がついているんだ、どんな道中だろうと散歩みたいなものさ。さあ、民衆に手を振る凱旋パレードの練習でもしながら、のんびり帰るとしようぜ」


ザイードはリリアの腰に手を回し、余裕たっぷりの足取りで薄暗い通路を歩き始めた。

魔竜を倒した無敵の勇者である俺に、恐れるものなど何もない。そんな致命的な慢心が、彼の全身から溢れ出ている。

しかし、彼らはまだ気づいていない。

自分たちを守っていた『絶対的な幸運』の加護が、すでに完全に消失していることに。

これから始まるのは、天才でも何でもない、ただのポンコツ二人が直面する『確率通りの残酷な現実』である。


しばらく薄暗い通路を進むと、前方からゲラゲラという下品な笑い声と共に、複数の足音が近づいてきた。

松明の光の中に現れたのは、緑色の肌をした小鬼の群れ――ゴブリンだった。数は十匹ほど。錆びた鉈や粗末な棍棒を手にし、こちらを品定めするようにいやらしい目を向けている。

ダンジョンの中層に生息する魔物としては最もありふれた、典型的な低級魔物である。


「はっ、魔竜を討ち果たした俺の前に、あんな薄汚いゴブリン風情が立ち塞がるとはな。運の悪い奴らだ」


ザイードは軽蔑の笑みを浮かべ、背中に背負っていた白銀の大剣をゆっくりと引き抜いた。


「見ていろリリア。俺の華麗なる剣技で、あいつらを一瞬でミンチにしてやる」

「素敵よ、ザイード! ゴミ共の返り血であなたの美しい鎧を汚さないようにね」


ザイードは大上段に剣を構え、ゴブリンの群れに向かって勢いよく駆け出した。


「ハァッ! 食らえ、俺の神に選ばれし一撃!!」


ザイードの筋肉が隆起し、渾身の力で大剣が振り下ろされる。

今までの彼なら、この適当に振り回しただけの一撃が、なぜか『偶然』ゴブリンたちの急所を次々と捉え、まるで舞を舞うかのように敵を全滅させていたはずだった。

アレスが敵の回避率をゼロにし、剣の軌道に敵が勝手に吸い込まれるように因果律を書き換えていたからだ。

しかし。


ブォンッ!


ザイードの振り下ろした大剣は、ゴブリンの頭上を大きく通り越し、虚しく空を切った。


「……は?」


ザイードの動きが間抜けに止まる。

彼は剣の素振りすらまともにしたことがなかった。力の配分を完全に間違え、足元の重心もブレブレだったため、大剣の凄まじい遠心力に体が持っていかれ、ザイードは無様に前のめりにたたらを踏んだ。


「ギギャ?」


ゴブリンたちも、目の前の重装備の人間が突然見当違いの方向に剣を振って勝手にバランスを崩したのを見て、ポカンとしている。


「ち、ちぃっ! 足が滑っただけだ! もう一撃!」


顔を真っ赤にしたザイードは、強引に体勢を立て直して横薙ぎに大剣を振るった。

だが、その動きには何の素早さも洗練さもない。ただ力任せに鉄の塊を振り回しているだけの、酒場の酔っ払いの喧嘩殺法だった。

アレスのバフが無くなった今、ザイードの単調で大振りの攻撃など、すばしっこいゴブリンに当たるはずがなかったのだ。


「ギヒャヒャッ!」


ゴブリンの一匹がザイードの剣をひょいっとしゃがんで躱し、そのまま手にした粗末な棍棒でザイードの膝裏を思い切り殴りつけた。


「グガッ!?」


膝の裏という、鎧の防御が手薄な関節部分にクリーンヒットを食らい、ザイードは情けない悲鳴を上げてその場にガクンと膝をついた。


「こ、このクソガキ共がァ! 舐めるな!! 俺を誰だと思っている!!」


激昂したザイードは、立ち上がりざまに無茶な体勢で大剣を振り上げようとした。

その時だった。

彼の手のひらには、冷や汗とダンジョンの湿気がびっしりとこびりついていた。日々の手入れを怠り、柄の滑り止めも完全に摩耗しきっていた大剣は、彼の手からツルリとすっぽ抜けた。


「あっ」


ザイードの手を離れた大剣は、綺麗な放物線を描いて宙を舞い、近くの硬い岩壁に激突した。

ガギィィィンッ!!

という甲高い音と共に、白銀の大剣は無残にも真っ二つに折れ、破片が石畳の上に散らばった。


「なっ……!? う、嘘だろ……? 俺の、国王陛下から賜った伝説の剣が……!!」


ザイードは信じられないものを見るような目で、折れた剣の残骸を見つめた。

伝説の剣とはいえ、所詮は物質である。日々の手入れを怠り、魔竜の硬い鱗を無理やり叩き斬るような無茶な使い方を繰り返していれば、金属疲労で強度は限界まで落ちていた。

今まではアレスが『武器の耐久力減少を無効化』していたから保っていただけの代物だ。バフが消えた今、岩壁に激突するという衝撃に耐えきれるはずがなかったのだ。


「ギギャギャギャッ!!」


唯一の武器を失い、呆然と隙を晒しているザイードを、ゴブリンたちが見逃すはずがない。

彼らは一斉にザイードに飛びかかり、棍棒や鉈で鎧の隙間や顔面をタコ殴りにし始めた。


「ぎゃあああっ!? 痛ぇっ! やめろ、痛い! 離れろ!! 俺は勇者ザイード様だぞ!!」


誇り高き勇者は、地面を這いずり回りながら泥まみれになって悲鳴を上げている。

そのあまりに無残な光景に、後方で悠然と控えていたリリアはようやく我に返った。


「ザ、ザイード!? ちょっと、あんたたち! 私の愛しい人に何をしているの!!」


リリアは慌てて高価な宝石が埋め込まれた杖を両手で構え、ゴブリンの群れに向かって狙いを定めた。


「大いなる光の精霊よ! 邪悪なる敵を焼き尽くす浄化の炎を、今ここに……えっと、とにかくドカンと放ちなさい! 燃やせ! 『ホーリー・フレア』!!」


リリアの詠唱は、聖女のそれとは程遠い、あまりにも雑で適当なものだった。

魔力の練り上げも不十分、精神の集中も散漫、狙いも大雑把。

今までは、アレスが『魔法の命中率100%』『威力最大化』『味方への誤爆0%』という奇跡を重ね掛けして、彼女の幼稚な魔法を『神の如き聖女の奇跡』に仕立て上げていた。

しかし、現実の物理法則と魔法法則に従えば、こんな杜撰な術式で高位魔法がまともに発動するはずがないのだ。


リリアの杖の先端に集まった光の魔力は、本来の純白の炎ではなく、不安定に明滅する赤黒い火の玉へと変質した。


「え……? ちょっと、何これ……」


制御を完全に失った魔力の塊は、杖の先端から勢いよく発射された。

しかし、その軌道はゴブリンの群れから大きく逸れ、なんと地面を這いずり回っていたザイードの真横の地面に着弾した。


ドゴォォォォンッ!!


狭い通路に、鼓膜を破るような爆発音が轟いた。


「ぎゃああああああああああッ!!?」


凄まじい爆風と熱波がザイードを直撃し、彼の自慢の金髪がチリチリと燃え上がる。

ゴブリンたちは爆発の音と熱に驚いて一目散に逃げ去っていったが、残されたザイードは全身を黒焦げにして地面でのたうち回っていた。


「あ、あつぃぃぃ! 熱い熱い熱い!! なにすんだこの唐変木!!」

「ザ、ザイード!? ご、ごめんなさい、私、ちゃんと狙ったはずなのに、魔法が勝手に曲がって……!」


ザイードは激痛に顔を歪めながら立ち上がり、リリアに向かって怒鳴り散らした。


「ふざけるな! 俺を殺す気か! お前の魔法は百発百中じゃなかったのかよ!」

「わ、私だって分からないわよ! なんであんな方向に飛んでいったのよ! あなたがチョロチョロ這いずり回るからいけないんじゃないの!?」


先ほどまで愛し合っていた二人は、醜い責任のなすりつけ合いを始めた。

互いの実力を過信しきっていた彼らにとって、今のこの惨状は『自分たちの実力不足』ではなく『たまたま運が悪かっただけ』『相手のせい』としか解釈できなかったのだ。


「くそっ、今日はどうも調子が狂う! 厄日か何かなのか!? 折れた剣の残骸は拾っておけ、王都に帰ったら鍛冶屋に新しいのを打たせてやる!」

「私が拾うの!? 重いわよこんな鉄屑! 私の綺麗な手が荒れちゃうじゃない!」

「いいから拾え! ゴブリンなんかに手こずったなんて知られたら、俺の輝かしい経歴に傷がつく! さっさとこのカビ臭い迷宮から抜け出すぞ!」


全身煤まみれで、髪の一部が焦げてチリチリになった勇者と、高価なドレスを埃で汚した聖女。

威厳の欠片もなくなった二人は、罵り合いながら再びダンジョンの出口を目指して歩き始めた。

だが、彼らの地獄はまだ始まったばかりだった。


ダンジョンには、魔物だけでなく無数の『罠』が仕掛けられている。

今まではアレスが『罠の作動確率を0%に固定』し、彼らがどれだけ無頓着に歩き回ろうが一切のトラップが発動しないように因果を操作していた。

しかし、今の彼らはただの『注意力散漫な素人』に過ぎない。


「いてっ!?」


ザイードが不機嫌そうに足を一歩踏み出した瞬間、足元の石畳がカチリと音を立てて沈み込んだ。

シュッ!

壁の小さな穴から、毒の塗られた吹き矢が発射され、ザイードの頬を深く掠めた。


「ひぃっ!? な、なんだ今の矢は! 痛ぇっ、血が出てるじゃないか!」

「キャアアッ! ザイード、足元を見て歩いてよ! あなたが罠を踏むから私が巻き込まれるところだったじゃない!」


リリアがザイードを責めながら一歩後ろに下がった瞬間。

彼女の足元の床が、ぱっくりと口を開けた。


「えっ」


リリアの体が宙に浮き、そのままストンと真っ暗な落とし穴の中へ吸い込まれていった。


「きゃああああああああッ!!」


ドチャッ、という湿ったひどく嫌な音が底から響いた。


「お、おい! リリア! 大丈夫か!?」


ザイードが慌てて落とし穴の底を覗き込むと、そこには泥水と魔物の排泄物が混ざり合った、酷い悪臭を放つヘドロの池が広がっていた。

そのドロドロのヘドロの中に、首まで浸かったリリアが涙目で這いつくばっていた。


「お、おぇぇぇっ……! な、何よこれ! 臭い! 臭いわ!! 助けてザイード! 早く引き上げて!」

「うわっ、くっさ……! 近寄るな、その悪臭が俺の鎧に移るだろ!」


ザイードは助けようとするどころか、あまりの臭さに鼻をつまんであからさまに一歩後ずさった。


「なっ……! あんた、私を見捨てる気!? さっきまで運命の女だって言ってたじゃない!! 私を愛してるんでしょ!?」

「うるさい! こんな肥溜めに落ちた汚い女なんて触りたくもない! 魔法で這い上がってこい!」


リリアは泣き喚きながら、泥まみれの手で必死に壁をよじ登り、爪を剥がしながらなんとか穴から這い出した。

美しい栗色の髪はヘドロで汚れ、高価な純白のドレスは茶色く染まり、目も当てられない惨状だ。彼女が歩くたびに、ボチャリ、ボチャリと不快な音と悪臭が周囲に撒き散らされる。


「最悪……! なんで私がこんな目に……! 聖女である私が、こんな泥水に……!」

「俺のせいにするなよ! お前が勝手に罠を踏んだんだろうが! 俺の近くを歩くな、臭いが移る!」


完全に連携も信頼も崩壊した二人は、互いに距離を取りながら、ビクビクと足元を確認して進む羽目になった。

しかし、彼らの不運はそれだけでは終わらない。


天井から突然酸性スライムが降ってきてザイードの鎧を溶かしにかかり、慌てて剣の柄で払いのけようとしたら誤って自分の足を強打する。

リリアがザイードに治癒魔法をかけようとするが、やはり詠唱が雑なため回復量がミジンコほどしかなく、傷口が余計にズキズキと痛み出す。

逃げ道を間違えて、吸血コウモリの群れが棲みつく洞窟に突っ込み、顔中を引っ掻かれて血まみれになる。


たった数十分の間に、天才勇者と完璧な聖女は、見すぼらしい乞食以下の姿へと成り果てていた。


「ハァ……ハァ……! くそっ、どうなってるんだ! なんでこんなに罠ばかりあるんだよ! 今まではこんなこと一度もなかったのに!」

「もう嫌……! 帰りたい、お風呂に入りたい……! なんで魔法がちゃんと発動しないのよぉ……!」


ザイードの白銀の鎧はスライムの酸でところどころ溶け落ちて穴が開き、顔はゴブリンの殴打とコウモリの爪痕でボコボコに腫れ上がっている。

リリアに至っては、ヘドロの悪臭に包まれたまま泣きじゃくり、宝石のついた杖をただの松葉杖代わりにして足を引きずって歩いていた。


「まさか、これもあの無能の呪いか!? あのアレスの野郎、死に際に何か恨み言を言って……!」

「そんなわけないでしょ! あんな底辺職に呪いの力なんてあるわけないわ! 今日は、ただ……星の巡りが悪いだけよ! そうよ、厄日なのよ!」


彼らはまだ、自分たちの真実に気づこうとしない。

今までの『奇跡』がアレスの命を削った代償だったという事実を認めてしまえば、自分たちの輝かしい栄光がすべて虚構だったと認めることになるからだ。

彼らは必死に現実逃避を続け、自分たちのちっぽけなプライドを守るために『今日はたまたま運が悪いだけだ』と言い聞かせていた。


だが、現実は彼らのちっぽけなプライドなど容赦なく打ち砕く。


「……おい、リリア。前を見ろ」


ザイードの声が、カタカタと恐怖に震えていた。


彼らがようやくたどり着いた広い空洞。出口へ続くその道のど真ん中に、巨大な影が立ちはだかっていた。

身の丈5メートルはあろうかという、四本の腕を持つ巨大な鬼の魔物。オーガ・ロード。

中層のボス級とも言える凶悪な存在が、侵入者を見つけて血走った目を爛々と輝かせていた。

その手には、大木を丸ごと削り出したような巨大な棍棒が握られている。


「グォォォォォォッ!!」


空洞全体を震わせる咆哮。

その圧倒的な殺意と威圧感を前に、ザイードの足は完全にすくみ、膝が笑い始めた。


「う、嘘だろ……。なんでこんな所に、こんな化け物が……」


武器は折れ、鎧はボロボロ、体力は限界。

リリアの魔法も使い物にならず、魔力も底を尽きかけている。


「ザイード……どうするの? あなたが、あなたがなんとかしてよ! 勇者なんでしょ!? あの魔竜を倒したあなたなら、あんなの……!」


リリアがすがりつくように叫ぶが、ザイードはもはや返事をする余裕すらなかった。


今までなら、アレスが命を削って『オーガ・ロードがたまたま心臓発作でポックリ死ぬ』くらいの奇跡を起こしてくれていただろう。

だが、もうそのバフはない。

因果律は一切の情けを容赦なく排除し、彼らに100パーセントの『絶望的な死の確率』を突きつけていた。


「ひっ……! くるな、来るなァァァッ!!」


ザイードは情けない悲鳴を上げ、リリアの肩をドンと突き飛ばすと、自分だけ逃げようと背を向けて全力で走り出した。


「ああっ!? ザイード、待って! 私を見捨てないでぇぇっ!! あんた勇者でしょ!!」


泥水にまみれた元聖女の絶叫と、かつての栄光にしがみつく無能な勇者の悲鳴が、冷たい迷宮の底に空しく響き渡る。

絶対的な幸運を自ら手放した愚か者たちの転落劇は、ついにクライマックスとなる地獄の釜の底へと落ちていったのである。


一方その頃、彼らを見捨てたアレスは、美しい女神フォルトゥーナに抱かれながら、一切の危険がないダンジョンの隠しルートを悠々と歩き、至高の宝物を次々と手に入れていることなど、彼らが知る由もなかった。

手放した奇跡は、もう二度と彼らの元へは帰ってこないのだから。

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