それは消えることなく
神核の位置を把握したその後、魔獣の脅威から守るためにそれぞれが町を駆け巡った。神核を見つけては神器で切り壊し、あるいは叩き壊した。町人に隠れて行動しなければならないことを失念していたのである程度の苦労はあったが、それでも無事に全ての神核を破壊することに成功した。ちなみにティアとメラは回収した神核をリルクの元へ持っていき、リルクが神器で破壊した。夜になった現在、町で魔獣が現れた様子はない。それを確認した後ユリクスたちはギルドに戻ってきた。ダイニングルームにてテーブルを囲んでいる。
「皆、ご苦労じゃったの」
「……やることはやったぞ」
「あぁ。これで指名依頼達成とする。感謝するぞ」
「……」
「あら? すぐに部屋に行くと思ったのに、どうしたのユリィ?」
「……別に。今じゃなければ帰る。任せる」
「任せるって何をですか?」
ユリクスはただ黙って座る。暫く様子を見るためだ。何も状況が変わらないのであれば言葉通り部屋に行くつもりだった。
ユリクスを見ていたライトが目を見張った。
「兄貴、もしかしてボクのため?」
「……」
「そっか。ありがとう。今にするっス」
「……そうか」
ユリクスが様子を窺っていたのはライトだ。ライトは皆に言った。終わったら聞いてほしいことがある、と。そのタイミングが今なのか、それとももう少し後なのか。それは本人が決めるべきであるとユリクスは考えたのだ。今のユリクスは相手の意思を尊重することができるのである。
他の者たちもライトの言葉を覚えていた。故に二人の会話を聞いてから襟を正す。とても大切な話だろうから。
ユリクスはライトを見つめた。ライトは一人一人の目を順に見ている。少しだけ緊張しているようだ。恐怖はなくとも秘密を打ち明けるというのは緊張することらしい。ユリクスにはわからない感情だが、横槍を入れることなく黙って見守った。ライトが口を開く。
「ボクはずっと、みんなに隠しごとをしてたし、嘘をついてたっス。でももうやめる。だから聞いてほしいっス」
ライトは自身の過去を語りだす。自身の身分についても全て。包み隠さず。みんなに伝わるようにとしっかりとした声音で。
それを他の者たちは黙って聞き続ける。真摯にライトの話に耳を傾けて。話の内容に多少の驚きを見せたものの、それでも誰も口を挟まなかった。
その様子にユリクスは悟る。やはり思った通りだ。皆の態度を見れば鈍いユリクスであってもそれくらいわかる。この後の仲間たちの反応がどのようなものになるのかを確信した。すると、ユリクスはどこかほっとしている自分がいることに気づく。あんなにも他人に関心のなかった自分が人のことを心配し、そして安堵するなど随分変わったものだ。と、何度も思うことがあったそんな考えを今回も抱きながらライトが話を終えるのを待った。
ライトは無駄に長ったらしく話をすることはなく、しかし簡潔過ぎない内容で話を終えた。場が静まり返る。その空気にライトは視線を下げたり控えめに上げたりを繰り返して落ち着かない様子になっている。仲間たちがどんな反応をするのか不安なのだろう。そんなに心配することはないと思うのだが。きっと悟った通りになるはずだから。
リアナが顔の横に垂れている髪を弄る。
「ライトが神王族ねぇ……まぁおかしくないんじゃない?」
「そうですね。ライト君物知りですし」
「そういえばテーブルマナーも詳しかったね」
「そのあたりは違和感がなくとも性格には違和感がありすぎだと思うが?」
「弄りがいあるもんね」
ティアの言葉に、話している他の三人はうんうんと頷く。それを聞いてライトは微妙な顔になった。まぁ、弄りがいがあると言われるとそんな顔をしたくなる気持ちはユリクスには非常によくわかる。
そういえば、とユリクスは話を聞いていたもう一人に視線を向けた。言葉を交わしている四人とは違い、リューズはとても穏やかな表情をしていた。きっと父親としての顔だ。そんなリューズが口を開く。
「話してくれてありがとな。不安だったろ」
「えっと、そう……っスね。みんなはボクが隠し事とか、嘘をついてたことについては何も言わないんスか……?」
ライトの言葉に仲間たちはきょとんとする。
「別になんとも思ってないよ?」
「話しづらいことではあると思いますからね」
五人の様子にライトは少しだけ目を見張った。ユリクスは、はぁ、と溜め息をつく。ライトが視線を向けてきた。
「……だから言っただろう。誰もお前を責めはしないだろうと」
スズメラに着く前、ユリクスは確かに言った。それを覚えていたのであろうライトは頷く。
「そうっスね。兄貴にしては珍しく人のこと理解してたっス」
「……馬鹿にしてるのか?」
「だってそうじゃ――ごめんっス! 神器出そうとしないでっ!!」
わたわたと謝ってくるライトにユリクスは神器を顕現するのをやめた。割と本気で出そうとしたのだが、仕方ない。許してやろう。そう思っていると、仲間たちから「お〜」という声が上がった。
「ユリィがそんなこと言ってたなんて……嵐でも来るのかしら……」
「まさかこいつが他者のことを語るとは……」
「ユリィも立派になったな……」
「信頼を素直に見せてくれるようになったんですね……」
「……お前ら全員斬り伏せてやる」
「だめだよ兄さん。みんな成長を喜んでるだけなんだから」
「……成長って言うな」
こいつらは人のことを弄らないと気が済まないのか? 苛ついていると、くすくすと笑声が聞こえてきた。
「もう、打ち明けるのを怖がってたのがバカみたいっス」
「うん、馬鹿だよ。私たちのこと信頼してくれてると思ってたのに」
「……ごめん」
ティアが頬を膨らませて言うと、ライトは心底申し訳なさそうに呟いた。しかしそれを聞いたティアが微笑む。ライトがぱちくりと瞬きした。
「ライト、全部話して気持ちは楽になった?」
「え? あ……っと、すごいなったっス」
「ならよかった!」
ティアの嬉しそうな言葉に仲間たちも表情を和らげた。そしてライトもまたへにゃりと緩みきった笑みを浮かべた。受け入れてくれたことが本当に嬉しかったらしい。これで解決だ。
「……終わったな。部屋に戻る」
「余韻というものがないのかリューオー」
余韻にひたる時間もなく空気をぶった斬るユリクスにこの場の者たちは大きな溜め息をついた。やはり未だ人の気持ちや空気を読みきれないユリクスである。
周りの溜め息の理由に気づけるわけがなく、ユリクスは早く部屋に行くべく席を立った。一人ダイニングルームを出て真っ直ぐ部屋に向かう。コツコツと靴音を響かせる足はどことなく重い。ユリクス自身その理由はわかっていた。部屋の前に着いて扉を開け、中に入る。シンプルなベッドにどしりと座った。暫くぼーっとしてから右手に着けている黒レザーの手袋を外す。慣れない白いシャツから覗く自身の手を見つめた。
「……〝戦争〟、か」
ジークハルトは言った。ユリクスのせいでこれから戦争が起こるのだと。それがどんなもので、どれだけの規模のものなのかはわからない。しかし確実に良くないものだ。人との縁を大切にしたいと思うことができたのに、自分のせいで縁のできた人間が傷つくかもしれない。
自身の内に宿るもの。その重要性を改めて認識する。
ユリクスは傷だらけの手で拳を作った。この手に傷が刻まれた頃は何も考えていなかった。しかし今は違う。この手は、もう大切なものを失わないために傷つけたのだ。今度こそ守るために傷だらけになったのだ。たとえ後付の理由でも、今この力が役に立つことに変わりはない。だから全力で振るうのだ。全力で振るって、自身の成すべきことを成す。
「……俺は、俺たちを害するものを斬り伏せる。それだけだ」
戦い、勝つこと。それが自身の成すべきことであり、力しかない自分が唯一成せること。単純明快なことだ。そしてそれを成すべき日は近い。しかしそれでもユリクスは気負わない。自然体を崩さない。いつもの無表情のまま部屋でゆったりと過ごしてから、ユリクスは普段と変わらない眠りについた。
◇◇◇
朝食を済ませてから、ユリクスたちは揃ってギルドの奥にある部屋にてローテーブルを囲んでいた。テーブルが新しくなっている理由など七人は覚えていないがそれは置いておいて。深刻な内容を話すわけではないが、ダイニングルームでは気持ちが緩んでしまうのでどんな話をするにせよこちらの部屋の方が適しているのだ。コーヒーカップを置いたリルクが話の口火を切った。
「さて、オマエたちはこれからサダン王国へ向かうのじゃろう?」
「……そうだな」
「なら再会はそう遠くないのぉ」
「……どういうことだ?」
ユリクス同様、他の者たちも言葉の意味を理解できずにリルクが再び口を開くのを待った。リルクの表情が引き締まる。
「総長はもちろん、ギルド支部長たちや神人族を信じておる冒険者たちもサダン王国へ向かうことが決まったのじゃよ」
「……なに?」
「どうしてなの?」
「オマエたちが奴らと戦うのなら、〝あの方〟……アウシディスや〝神の六使徒〟を崇拝しておる解放者たちも動く可能性があるからじゃ」
「確かにその可能性はあるわね」
「……そういうことか」
「兄貴?」
なるほど、そういうことか。そうユリクスは〝あの言葉〟の意味を理解した。
「……奴は……ジークハルトは言っていた。〝戦争〟が起こると」
「確かに言ってたっスね。……ッ! じゃあ戦争って!?」
「……恐らくそうだろうな」
二人の会話を聞いていた他の者たちも息を呑んだ。全員の想像が合致する。リルクが表情を険しくした。
「なるほどの……。解放者たちは確実に動くか。そしてそれに対抗するためにこちらも動くと読まれたわけじゃの。まぁ、結局のところこちらも動かないわけにはいかん。互いにどれだけの者が集まるかはわからんが、恐らく大きな規模の戦争になるじゃろうな」
「解放者たちもそうだが、俺たちが来ることを流布されるならば単純に神人族を忌み嫌っている冒険者たちも動くだろう」
「俺たちゃ指名手配もされてるし余計にな」
事の重大性に唸る一同。最初に口を開いたのはレージェだった。
「ユリィさんをめぐる戦争……バチェラー争いみたいですね……」
「モテる男はつらいね、兄さん」
「兄貴は顔だけで戦争を起こせそうっスからね」
「性格に難がなければ起こってたかもしれないわね……」
「俺ぁツッコミを入れるべきなのか? なぁユリィ」
「……俺に聞くな」
訳がわからない会話にユリクスは嘆息した。その正面ではリルクが顔を引き攣らせている。
「オマエたちの頭は一体どうなってるんじゃ……」
「ふんっ、いつものことだ」
暫く場に意味のわからない沈黙が落ちたが、それはリルクの咳払いで破られた。全員がそちらへと視線を向ける。
「とにかく! この重大な! じゅ・う・だ・い・な問題はすぐに総長に伝え、早急に準備に取り掛かる! オマエたちもくれぐれも気をつけるのじゃぞ!」
「……わかっている」
「とはいえ俺たちはすぐに出発する。頑張って間に合わせることだな」
「イヴ、チベトーナに長居しちゃったことまだ引きずってるんだね」
「小さい男ね」
「そこ! 聞こえているぞ!」
せっかちになっているイヴァンとは違うが、ユリクスたちもこの町に長居するつもりはない。ギルド側の準備に合わせてやるつもりは毛頭ないのだ。とはいえ別に急いでもいない。
「さて、じゃあ各自最後に町を楽しんでから出発しましょ」
「そうですね」
「……おい貴様ら、何を言っている」
「次いつ来るかわからねぇからな! もうちょい楽しんだっていいだろ!」
「ふざけるな! もう出発だ出発! 今すぐ出発だ!!」
「なんかデジャヴ」
「いや、実際に同じことが起こってたっスよ」
「……騒がしい。少し静かにできないのかお前たちは」
わいわいがやがやと実に喧しい連中である。リルクは構わずコーヒーを飲んでいるが、その瞳は空虚だった。
結局、長い口論の末イヴァンが折れることとなった。口論というより、感情的な一人対冷静且つ無慈悲な連中の騒がしいだけのやり取りだったが。
折れたイヴァンは地下にある広い空間を借りて修行をすることに。リアナとレージェは女同士気の合ったショッピング。魔導袋の代わりに荷物持ちとしてリューズが同行。ユリクスとティア、メラ、ライトは町をぶらぶらと歩いてからそのまま町を出て広やかな平地にやってきた。ここはユリクスとライトがジークハルトと遭遇した場所である。この場所に着いてすぐにティアが微妙な顔をした。
「ねぇ」
「……どうした」
「ここで兄さんたちってあの強い魔獣と戦ったんだよね?」
「……そうだな」
「なんでこんなに綺麗なの? なんで荒れてないの?」
「えっと……それは……兄貴がスパッと……倒しちゃって……」
「ふーん」
「……何故不機嫌なんだ?」
「そりゃあ自分たちが苦労した敵をあっさり倒されたらいい気しないっスよ……」
ティアはぷくっと頬を膨らませている。その横でメラも耳を下げていた。ユリクスにはどうしたらいいのかわからずライトを見る。ライトはどうにもできませんと首を横に振った。
そんな気まずい空気が流れたが、すぐにティアが不機嫌な表情を崩して小さく笑んだ。
「兄さんは強いから、当然だよね」
「……そうか」
「うん。だから甘えちゃう。でもね、もうやめるの」
「……やめる?」
「そう。私ね、あの時の戦いで、もう誰かに頼ってばかりはやめるって決めたの。私も、みんなの役に立ちたいの」
「……そうか」
「だから――」
ティアがユリクスに向き合う。とても強い目をしていた。
「シオンのこと、任せてほしいの。兄さんがシオンとたくさん話したいのはわかってる。仲直りしたいのはわかってる。でもね、私も話したい。兄さんのことをすごく大切に思ってる者同士、わかり合いたい。一緒に兄さんの力になりたい。だからお願い。任せて」
このお願いはユリクスにとって複雑なものだ。ティアが言うようにユリクスはシオンと話がしたい。また一緒に過ごす時間を取り戻したい。それは自分自身がやらなければならないことだと思っている。けれどティアの意思を尊重したいとも思う。悩んで、すぐに答えることができない。
「兄貴」
声がかかってユリクスはライトを見遣る。ライトもまた強い目をこちらに向けていた。
「兄妹で仲直りしたい気持ち、ボクには痛いほどわかるっス。でも、シオンはティアの姉御がいる限り、兄貴のことを許さないと思う」
正論だ。ティアの存在はシオンにとってユリクスの裏切りの形。ティアのことも、シオンのことも大切であるからこそ、その現実にユリクスの胸はチクリと痛んだ。しかし目の前のライトが表情を和らげたことで意識が胸の内からそちらへ向いた。
「でもそれはきっと好きの裏返しっスよ。シオンは兄貴のことが大好きなんス。ティアの姉御と同じで。だからこそ、ティアの姉御ならシオンに寄り添えると思う。それに、兄貴だって知ってるでしょ? ティアの姉御は強いんだって。だから任せても大丈夫っスよ」
……そうだ。ティアは強い。戦う力はなくとも、揺るがない心を持っている。それはとても強い武器。自分が持つ敵を斬るだけの力とは強さが違う。だから、きっと大丈夫だ。ユリクスはティアに向き合った。
「……シオンを頼む」
「うん!」
ティアが真剣な表情を崩して破顔した。ユリクスは意志を託すようにティアの頭を撫でる。その横でライトが自身の頭の後ろで手を組んだ。
「ボクも仲直りを頑張らないといけないっスね。二人に負けていられないっス」
「ライトなら大丈夫だよ」
「……そうだな」
「へへっ、そう言われると絶対大丈夫な気がしてくるっス! いや、絶対成し遂げてみせるっス!」
「……二人とも、まぁ、頑張れ」
「いや雑……ていうかなんか他人事じゃないっスか?」
「……シオンのことを任せた以上、俺に心配することはない」
「え、兄貴って黒幕を相手にするんじゃ……?」
「ライト、兄さんだもん」
「あー。……今更っスけど、兄貴だからで納得できちゃうあたりどうなんスかね……」
別に斬り伏せるだけなのに何を心配しろというのだろうか。と、相手が誰であろうと危機感を抱けないユリクスである。とはいえ油断はしていない。スパイダリアで会ったあの時、既に奴の強さが計り知れないことなど理解しているのだから。
ライトが顎に手を当てる。
「アウシディス……一体何者なんスかね」
「本当に解放者たちが言うように神なのかな……」
「……」
ユリクスは〝神の宝玉〟が神であることを知っている。その神を六柱も宿すというのは一体どのような感覚なのだろうか。たった一つでも自身の存在が揺らいでしまいそうだったのに、自分自身を保っていられるのだろうか。そういえば、龍の神は言っていた。宝玉を手に入れたものは神に喰われるのだと。神に喰われるというのはどういうことなのか。喰われるとどうなるのか。……まぁ、奴が喰われていようがいまいが結局のところ真実はわからない。ユリクスは考えるのをやめた。
「……考えても仕方ない」
「そうっスね。というわけで兄貴! せっかくここに来たんだから修行に付き合ってほしいっス!」
「……わかった」
「じゃあ私も神子の力を使ってみようかな」
「ティアの姉御の力を借りたら兄貴にも勝てるかもしれないっス!」
「……斬る」
「お、お手柔らかにお願いするっス……」
修行を始めるために三人で距離をとる。メラは三人を、主にティアを見守る体勢だ。さて、修行を始めよう。そう思った矢先。
「っ……」
ユリクスは反射的に一方向へ素早く顔を向けた。
「兄貴?」
「どうしたの?」
「……」
二人に問われるがユリクスにもわからなかった。本当に突然、意識が無理矢理持っていかれたのだ。警戒した? 何かを感じ取った? あるいは、惹かれた? 一瞬の出来事でそれすらわからなかった。
「……ライト」
「なんスか?」
「……この方角には何がある?」
「え? ……うーん、ボクも行ったことがないから何があるのかは知らないっスけど……わかることといえばサダン王国の方角ってことっスかね」
「……」
これから向かうサダン王国。敵の本拠地。他の宝玉がある場所。つまり自身の内の〝神の宝玉〟が惹かれたということだろうか? しかし、何故今だったのだろうか。まだ目的地とは距離があるというのに。何故、今?
「兄貴?」
「……なんでもない。始めるか」
「はいっス!」
ユリクスは意識を戻して二人の修行に付き合う。不快なほど強い不自然な胸騒ぎを覚えながら。
お読みいただきありがとうございます。




