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異物すら逃れられず

 戦いの後、ギルドに戻った一行はイヴァンたちの治療を終えてからローテーブルを囲んで情報交換を行っていた。誰と、何と戦ったのかについてだ。


「なるほどのぉ。〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟とその従者……魔獣……そして〝アウシディス〟か……」

「そっか……そっちにアルマが……」

「やっぱりライトはその人のことも知ってるんだね」

「まぁ……そうっスね……」


 ライトは膝の上で固く両手を組んで俯いている。その様子からライトの事情を知らない者たちも過去に何かあったことを察した。とはいえここには何かを抱えている者しかいないのだが。


 顎に手を当てて考えていたリルクが改めてユリクスたちに向き合った。


「新たに遭遇した〝神の六使徒(ディーオ・アポストロ)〟、魔獣、そして〝アウシディス〟についてはワシがしっかりと総長たちに伝えておこう」

「あ、それと私のことも伝えてほしいな」

「……いいのか?」

「うん。だってそうしないとガルダさんがもやもやしたままだと思って」

「……あいつのことは放っておけ。ただの不治の病だ」


 相変わらずの態度にいちいちツッコミを入れるつもりはないので他の者たちは呆れつつもスルーする。リルクだけが戸惑うような表情をしたが、すぐに表情を引き締めて話を続けた。


「それで、依頼の方はどうだったんじゃ?」

「それが大変なんスよ! ね、兄貴!」

「……なんだったか?」

「大事なこと忘れないでほしいっス!!」


 ユリクスは思い出そうと腕を組んで首を傾げた。その様子を他の者たちは見守る。というより何で忘れてるんだ? つい先程のことでは?


 暫く沈黙が続いたが、それはちゃんとユリクスによって破られた。


「……あぁ、そういえば、夜になったら町中で大量の魔獣が現れるらしい」

「「「……は?」」」

「……解放者(リベレイター)たちは魔獣が入れられた神核を町のそこら中に設置していて、夜になったらそれが同時に壊れて魔獣が解き放たれるらしい」

「「「……」」」


 長い、長い沈黙が落ちた。誰一人として声を出すこともなく、音を上げることもなく、表情を変えることもない。ユリクスは頭に疑問符を浮かべた。これは何の時間なのだろうかと。ただぼーっと沈黙が破られるその時を待っていると、不意にライトを除くこの場の者たちがふっと口元を和らげた。そして一斉に口を開く。


「「「早く言え」」」


 突然圧を孕んだ言葉が至るところから飛んできて再びユリクスは疑問符を浮かべた。未だに危機感を抱けないユリクスである。


「……何をそんなに焦っている?」

「あんたこそなんでそんなに落ち着いてるのよ! 一大事じゃない!」

「何か解決策でもあるんですか?」

「……ない」

「ないんですか……」

「もう兄貴、だからさっき気楽すぎるって言ったじゃないっスかぁ」

「あんたもあんたで、なんで知ってるのにユリィが思い出すの待ってたのよ!」

「……あっ」

「『あっ』じゃないわよっ!!」


 怒鳴り散らしたリアナが息を切らして柳眉を逆立てている。他の者たちはその怒りがよくわかるので止めはしないのだが、これだけ言われても首を傾げる者が。


「……何をそんなに怒っているんだ?」

「ちょっとこいつ殴っていいかしら」

「「「どうぞ」」」

「オマエたち落ち着くのじゃ。気持ちは非常にわかるが」


 リルクの制止でなんとかこの場は収まった。怒りは収まらないが。


 リルクが大げさに咳払いした。


「さて、一刻も早く解決策を見出さねばならん。でなければこの町は滅んでしまうからの。いいかリューオー、滅ぶのじゃぞ? 大げさでもなく滅ぶのじゃぞ? わかるな?」

「……そうか」

「いや『そうか』て……完全に他人事じゃの……」

「ねぇねぇ」

「……どうした?」


 ティアがユリクスのシャツをくいくいと引っ張った。無邪気な笑顔で。ユリクスはなんだか嫌な予感がした。いや、笑顔なのだ、だからそんなはずは……。


「兄さん」

「……なんだ」

「これって兄さんが受けた依頼の一環だよね?」

「……そうだな」

「放棄したらゲオルグさんと一緒に旅することになるんじゃないかなぁ」

「…………それは嫌だ」

「私はいいと思うなぁ」

「……………………嫌だ」

「ゲオルグさん、調査のために走り回ってるって言ってたなぁ。私たちもするんだろうなぁ」

「………………………………嫌だ」

「そっかぁ。なら私たちが代わりにするよ。だって兄さんの仲間だもん! だから兄さんは見守っててくれるだけでいいよ!」

「…………………………………………嫌、だ」

「どうして? だって嫌なんでしょ? 兄さんは見てるだけで何もしなくていいんだよ? どうして嫌なの?」

「……………………………………………………その……それは……いや――」

「じゃあ全力出すよね?」

「……………………………………………………………………………………わ、かった」


 勝負あり! 拍手喝采! 万歳三唱! 崇高なるティア様に敬意を表せ!!


 皆を包むは祝勝ムード! しかしその中でユリクスだけが項垂れるのであった!


 さて、話を戻そう。


「……全力とはいっても、俺にもどうしようもないぞ」

「でも兄貴、魔力を感知して神核見つけてたっスよね?」

「……夜までに町全体なんて回れるわけがないだろう」

「手分けして回れたらいいんですけど……」

「流石に俺たちゃ感知できねぇからなぁ」

「宝玉の力を使って感知能力を上げられないのかしら?」

「どれだけ強化されるかはわからんが、試してみる価値はあるかもな」

「……あれは疲れる」

「兄さん?」

「…………わかった。試す」


 というわけで、設置された神核を探す方法として一度ユリクスの力を試すこととなった。それがうまくいかなければまた策を見出さなくてはならないが。しかし一旦は探す方法はいいとして、今度は神核をどう無効化していくかだ。その方法についてはライトが考えついていたらしい。


「神核の処理法っスけど、ジークハルトは〝神核の外殻が壊れる〟って言ってたっス。なら外殻だけじゃなくて完全に壊しちゃえばいいと思うんスよ」

「どうやって?」

「神器の硬度は神核以上っスから、神器で叩き壊せばいいんじゃないスか?」

「随分と脳筋発言じゃの……。まぁそれが有効ならそれでいいが」

「じゃあやってみるっス」


 ライトは回収していた神核を取り出した。そして銃を顕現し、テーブルに置いた神核めがけて思い切り叩きつける。すると神核は呆気なく壊れた。テーブルと共に。


「壊せたっス!」

「これで対処は問題ないわね」

「……問題はないがテーブルまで壊す必要はなかったと思うんじゃが……」

「些細な問題だな」

「なんと迷惑な……」


 溜め息をつきながらリルクは頭を抱えた。


「この際オマエたちの非常識っぷりは置いておこう。では神核は見つけ次第全て壊してしまってくれ」


 リルクの言葉に全員が頷いた。すると不意にレージェが首を傾げる。


「そういえば、神核に魔獣が入れられてるってどういうことです?」

「町のことに気を取られてそこのとこ流しちゃったわね」

「それならボクが話すっスよ」


 ライトはジークハルトが言っていた、鈍色の神核とは何か、そしてそれは〝アウシディス〟が創っている、という話を伝える。ユリクスとライトを除く全員が険しい顔をした。


「神核を創っているじゃと……? そんなことが可能なのか……?」

「神核っつったら神が創ったって言い伝えじゃなかったか……?」


 ありえない所業。だがそれを成す存在。一体、〝アウシディス〟とは何者なのか。実に不気味で得体が知れない。だがそれだけでなく、仲間たちはそんな相手と戦うユリクスが心配であった。しかし心配されている当の本人はいつもの調子を崩さない。


「……〝神の宝玉〟を六つも所有しているのなら可能なのかもな。……そんな力の一部が自分の内にあると思うと……嫌だな」

「『嫌だ』で済むあたり兄貴っスよね」

「相手のことも気にしないし軽いし、心配なんていらなかったわね」

「こいつのことは考えるだけ無駄だ」


 はぁ、と一同は深く溜め息をつくのであった。


 そんな空気を変えるようにリルクが大げさに咳払いをする。


「ともかく、まずはリューオーの力を試さなくては」

「ならすぐ動かねぇとな!」


 リルク、そしてリューズに続いて他の者たちも続々と立ち上がる。そのまま扉へと向かう仲間たち。そちらには目もくれず、ユリクスは話の最中もずっと考え事をしていたであろう人物が意を決したように仲間たちを見据えたのを隣で見た。


「待ってほしいっス」


 立ち上がったライト。真剣な声音に扉を出ようとした仲間たちは振り向く。そして目を見張り、しっかりとライトへ向き合った。きっとライトの様子に、大事なことを伝えようとしていることを察したのだろう。ユリクスも立ち上がりライトを見守る。もう伝えることに対する恐怖はなさそうだ。ユリクスは一切心配などしない。


 ライトが決然と口を開いた。


「これが終わったら、みんなに聞いてほしいことがあるんス」


 そう言ったライトは仲間たちからの反応を待っている。ユリクスが仲間たちへと視線を転じると、皆呆れたように小さく笑んだ。


「今更何改まってんのよ。話したいなら話せばいいでしょうが」

「そうだぜ! なんだって聞いてやるよ!」

「私たち、もう遠慮なんてする仲じゃないじゃないですか」

「ふんっ、貴様一人の話を聞けないような狭量な人間だと思われるのは心外だな」


 ライトは目を大きく見張った。そして視線を下げて頬を人差し指で掻く。照れているのかもしれない。ティアがライトに歩み寄った。


「ライト、大丈夫だよ」


 ティアはいつも鋭い。きっと今回もライトの覚悟に気づいたのだろう。


 ティアの言葉にライトは表情を緩めて頷いた。ティアはにこりと笑う。


「それに、兄さんが受け入れた話なら間違いなく悪い話じゃないもん」

「……俺?」

「どう見たってあんた知ってる反応じゃない。ライトの保護者ぶっちゃって」

「……そうなのか?」

「明らかに見守ってる感じでしたからね」

「……そう、なのか?」

「ユリィは兄ちゃん気質だからな!」

「貴様は嘘も下手なら隠し事もできんな」


 一体自分はどんな態度だったのか。ユリクスには全くわからない。ただ、隣にいるライトがぱちくりと自分を見てからはにかんで俯いてしまったので、なんとも居た堪れない気持ちになる。


 仲間たちが今度こそ外に出ていった。ユリクスは落ち着かない気持ちになりながらも、頑張ったライトを見て未だ俯き気味の頭をぽんぽんと叩いてしまった。そして自分も扉に向かって歩き出す。ライトがどんな反応をしたのかはわからないが、なんとなく背後で軽やかな足取りの気配を感じ取った気がする。まだまだ自身の気持ちにすら疎い自分だが、どうか感じ取ったそれが勘違いでなければいいな、と思う自分がいるような気がしたユリクスであった。




 ◇◇◇




「……なんでここにいるんじゃ?」


 誰に言うともなく疑問の言葉を溢したリルクは遠い目をしていた。その顔には、現実を受け止めきれません、とありありと書いてある。ぼんやりしているリルクが零した言葉に反応した七人は疑問の表情を浮かべた。


「なんでって言われても、さっき言った通りなんだけど……」

「言い方が悪かったんでしょうか?」

「随分わかりやすく言ったと思うぜ?」

「あれを理解できないと言われると他に説明のしようがあるまい」

「『あそこがいいね』って言っただけだったのが悪かったんじゃない?」

「でもちゃんと指さしたし、そもそも兄貴の力を試すって目的ははっきりしてたと思うんスけど……」

「……ボケたか?」

「……」


 リルクは七人の様子に呆れを通り越して無になってきていた。頭のネジが飛んでるなぁ。そういえば指名手配犯だったなぁ。随分板に付いてるなぁ。巻き込まれたくなかったなぁ。あぁ自分から首を突っ込んだったなぁ。


 表情が死んでいるリルクを放っておいて、ユリクスたちは町を俯瞰した。そう、町を俯瞰できる場所にいる。ではどんなところが町を見渡しやすいだろうか。高ければ高いほど、町に近ければ近いほどいいだろう。幸いなことにここは入国して最初に訪れる町だ。ならば最も高いものが町の端にあるではないか。答えは簡単。ユリクスたちは現在、国を守るために造られたはずの壁の上にいた。こんな簡単に登れるとは、なんて無意味な壁だ!


 いや、今回の件では役に立ちそうなので無意味は言い過ぎか。国ではなく指名手配犯たちの役に立てるのだから光栄に思うがいいぞ壁。


 閑話休題。


 ユリクスは並んで立っている仲間たちの一歩前で町を見渡す。すぐ近くであれば恐らく神核であろう点々とした魔力を感知できた。しかし人も多い中で小さな神核の魔力を正確に把握できるかといえばユリクスとて難しい。たとえ近くであっても、なんとなく、が関の山だ。宝玉の力を使ったところで感知できるのだろうかと疑わしいが、全力でやらなければならないのでユリクスはげんなりしながらも腹を括った。


 ユリクスはゆっくりと目を閉じる。宝玉の力を問題なく引き出していく。その力を体全体に使うのではなく、感知する能力だけを強化するように集束し、調節する。調節を続けていくと、少しずつ感知できる魔力が鮮明になってきた。ぼやけていた魔力の輪郭がはっきりと区切られていき、人間の魔力はそのままその人間の形に変わっていく。初めての感覚だ。何せ、魔力を感じるということは所有している相手の内にあるものをただ感じ取るだけのことであって、相手の指先の動きまでも把握できてしまうようなものではなかったのだから。もう少しわかりやすく言うなれば、魔力だけで人間の姿が出来上がっている、と感じることができるといったところだろうか。視覚を閉ざしているユリクスには、町の中を人間の形をした魔力がそこら中で動いている光景を見ているような感覚だ。気味が悪い。


 だが今の状態ではまだ神核の位置までわからない。なのでもう少し宝玉の力を強く引き出してみる。すると、点々と丸い何かの形がそこら中で浮き上がった。小さな球体。この魔力はよく知っている。――見つけた。


「……一番右の通り。三つ。こちら側からおよそ六十メートル地点に一つ。そこからおよそ四十メートル地点に一つ。すぐ近く、およそ十メートル地点に一つ」


 ユリクスは目を閉じたまま感知を続ける。


「……次。その左隣の通り。五つ。およそ三十メートル地点に一つ。そこからおよそ八十メートル地点、ほぼ同箇所に二つ。およそ百十メートル地点に一つ。およそ二十メートル地点に一つ」


 ユリクスは(うた)うように感知したままを言葉にしていく。すらすらと、すらすらと、淀むことなく。


 それを聞く後ろの者たちは。


「え、うそ、町全体の神核の位置がわかってんの?」

「ここまでできるとは予想外なのだが……」

「すげぇ……」

「これ、本当にできてます? できてるんでしょうね……」

「今更っスけど、宝玉の力を完全に使いこなしてるあたり流石っスよね。……流石って言葉すらちゃちっスけど……」

「ほら、兄さん今全力だから」


 全力だからってここまでできるのか? という思いはティア以外の誰もが思った。とはいえユリクスだからできるか、とすぐに納得してしまえた他の五人もユリクスへの信頼が厚い。その化け物っぷりへの信頼が。故に動揺はすぐに消え去り全員が平然と見守る体勢となった。一人を除いて。


「え……? 何を平然と見ているのじゃ……?」

「兄さんだから、普通」

「普通……? 普通って……なんじゃったかの……」

「おい、この町の支部長だろう。しっかり聞いて位置を把握しておけ」

「う、うむ……」


 全員が聞く体勢になってからもユリクスの言葉は続き、聞く者たちは伝えられる神核の位置を確実に記憶していく。町全体のため全てを覚えるのは難しい。そのため早い段階で範囲を決めて分担をした。ティアとメラも回収班として分担に加わっている。


 そこそこの時間を要してから、(ようや)くユリクスの言葉は止まった。ユリクスは深く息を吐く。


「……つかれた」

「お疲れ様、兄さん」

「やっぱり宝玉の力を使うのは疲れるんですね」

「……それもある」

「他にもあんのか?」

「……口が疲れた」

「心配する必要はないわね。さ、みんな行くわよ」

「……俺は休憩――」

「そんな余裕あるわけがないだろう。貴様も動け」

「……」

「観念するっスよ」

「……」

「支部長としては動いてもらわねば困るが、同情はするぞリューオー」


 ユリクスは渋面になりながらも渋々動き出す。疲れたし、ゆっくりやろう。間に合わなかったらそれはそれで別にいいか。そう思ったが、すぐにティアの言葉が頭を過ぎってしまった。ユリクスは肩に暗い雲を背負いながらもいつもより早いペースで町を回ったのであった。






お読みいただきありがとうございます。

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